第4話 藤崎

文字数 1,119文字

 増永は、校門の前で静かに車を停めると、素早く車を降りて、後部座席のドアを開ける。その振る舞いは、とても父親のやることには見えないからやめたほうがいいと、以前、翔は増永に言ったのだが、他人の目にどう映るかは重要ではないようで、聞き入れてもらえなかった。
「きっと、本当に親子に見えるかどうかは重要じゃないんだわ。とにかく、私たち二人に、人を近づけたくないのよ」
 藍は、そんなふうに言っていた。
 
 藍が、続いて翔が車を降りると、周辺にいた生徒たちの視線がいっせいに集まる。注目されることには、もう慣れてしまった。
 だが、生徒たちと交流してはいけないというのならば、もっと目立たなくしたほうがいいのではないかと思うのだが。
 
 たしかに、ほとんどの生徒たちは、この一種異様な雰囲気を漂わせた兄妹を遠巻きに見ているだけだったが、ときには、熱烈なラブレターを送って来るチャレンジャーもいた。
 もちろん、翔も藍も、それに答えることはないし、ラブレターを家に持ち帰ることもない。増永には、そういうのもは持ち帰り、増永か久美に渡すように言われているが、二人とも、そこまで無邪気でも無神経でもない。
 
 
 校舎に入ると、藍とは、教室前の廊下で別れる。この春から、別々のクラスになってしまったのだ。
 一日中一人で過ごすのはつまらないけれど、仕方がない。放課後は、図書室の奥の図書準備室で待ち合わせ、二人そろって、増永が車を停めて待つ校門まで行くのが毎日の決まりだ。
 
 
 教室に入って行くと、同級生の何人かがちらりと翔を見るが、声をかけて来る者はいない。翔が答えないことを知っているからだ。
 そんな中で、無神経なのか無頓着なのか、ただ一人、平気で話しかけて来るのが、隣の席の藤崎だ。
 翔が自分の席に向かって歩いて行くと、さっそく満面の笑みで話しかけて来る。
「おはよう」

「……おはよう」
 小さく答えて、席に着くと、すぐに一時間目の準備を始める。本当は、そんなに急ぐ必要などないのだが、これ以上話しかけてほしくないという意思表示のつもりだ。
 だが、この男には通用しないらしい。
「もう授業の準備か。真面目だな。そんなに勉強が好きなのか?」
 翔は無視する。あまり立ち入ってほしくない。
 
「たしかに、成績優秀なのは認めるけど。妹もそうなのか?」
 藍が目当てなのか。そう思い、顔を見ると、藤崎は、頬杖をついて体をこちらに向け、相変わらず笑みを浮かべている。
 サッカー部のエースだとかで、上背があり、シャープな顔つきをしている。翔は、勉強は嫌いではないが、唯一、スポーツだけはあまり得意ではないのだ。 
 翔が、黙ったまま、じっと見つめていると、藤崎は、ふっと笑って正面を向いた。
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