第50話 部屋

文字数 1,173文字

 ドアを開けて、壁際のスイッチで電気を点ける。
「うわ……」
 翔の背後で、基樹が声を上げた。
「ひどい部屋だな。あの洋館の優雅な部屋とはえらい違いだ。俺は平気だけど、翔たちにはきついだろ」
 入ってすぐに小さなキッチンとユニットバスがあり、十畳ほどのがらんとした部屋に、木のテーブルと、奥の左右の壁際にパイプベッド、壁はコンクリートの打ちっぱなしだ。
 
「仕方がないよ」
 仕方がないとは思うが、やはりショックだ。
 基樹は、ユニットバスをのぞいては声を上げ、壁を叩き、部屋の奥に行って、窓を確かめている。
「この窓、はめ殺しだぜ。しかも外側にシャッターが下りてる。まさか一日中このままじゃないだろうな」
「灯りが漏れたらまずいんじゃないかな」
「それはそうだろうけど……」

 激しい疲れを感じてベッドに腰を下ろすと、パイプがきしんで耳障りな音を立てた。
「基樹、ごめん……」
 自分たちだけならまだしも、なんの関係もない基樹まで、先のこともわからないまま、こんなところに閉じ込められて暮らさなければならないなんて。僕のせいで……。
 基樹が窓際から戻って来て、うつむく翔の横に座った。
「気にするなって言っただろ。そんな顔するなよ」
 顔を上げると、基樹がにっと笑った。
 
 
 一時間後、ドアのチャイムが鳴った。つい、ぎくりとしてしまう。向かい側のベッドに寝転んでいた基樹が立って行って、増永に言われた通り、スコープをのぞいてから鍵を開けた。
 料理を載せたワゴンを押した久美と、その後から藍が入って来た。
「お待たせいたしました」
 ワゴンを横に置いたまま、テーブルを拭き清めている久美の脇をすり抜け、藍が、こちらにやって来る。
 
「翔……」
 情けない顔をして横に座ると、翔の肩にもたれて言った。
「こんなところ、いやよ……」
「仕方がないよ……」
 それしか言いようがない。藍が、そんな答えを求めているのではないことはわかっているけれど。
 
 基樹が、向かいのベッドに腰かけて言った。
「そのうち慣れるさ」
 藍が、きっと基樹をにらみつける。
「私たちは、あなたとは違うのよ」
「私たち、ね」
 にわかに険悪な雰囲気になり、翔はあわてる。
「ちょっと、二人とも……」

 すると、テーブルに料理を並べていた久美が、振り返って、思いがけないことを言った。
「ここは、仮の住まいなんですよ」
「えっ、どういうこと?」
 藍が立ち上がった。久美が、三人の顔を見回しながら言う。
「急なことだったので、とりあえずここに入っていただきましたけれど、今、急ピッチで、ほかにお住まいを用意しています。そこは、長く住まわれることを想定していますので、ここよりは、よほど住み心地がいいのではないかと思いますよ」

「それ、本当なの?」
「はい。ですから、しばらくの間、みなさん我慢なさってくださいね」
 そう言って、久美はにっこり笑った。
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