第130話 佐渡

文字数 1,216文字

 数日後、その男がやって来た。
「佐渡恭一です」
 基樹よりも背が高く、服の外からでも、胸板の厚さがわかる。彼は、増永の後任として、屋敷にやって来たのだ。
 年齢は、増永より若く、三十代の半ばくらいだろうか。きびきびとした動きが、身体能力の高さをうかがわせる。
「これから、全力で、みなさんをお守りします」


 冷徹で非情だった増永に比べると、佐渡は物腰が柔らかく、フレンドリーだった。基樹はまた、彼とともに車でログハウスに行くようになり、すぐに打ち解けたようだ。
「車の中で、いきなり、翔との関係を聞かれて驚いたよ」
 ベッドに並んで横たわった基樹が、翔の腕の傷跡をなぞりながら言う。行為の後で、いつも基樹はそうするのだ。
「別に興味本位で聞いたわけじゃないらしい。俺たちのことは、日本支部の上層部では周知の事実らしいんだ」
「え……」
 基樹と愛し合っていることを、やましいなどとは思っていないが、周知の事実だと言われると、少々面食らう。

「増永さんが、すべて報告していたらしい。考えてみれば、当たり前だけどな。
 最初に、もしも俺が不要だと判断されていたら、その時点で消されていたんだろう。だけど、翔のために必要な存在だとみなされて、命拾いした」
 消されていた。 その言葉にぞっとして、思わず基樹の顔を見ると、彼は微笑んだ。
「翔が、必死に俺をかばってくれたおかげだよ。それに、藍も後押ししてくれた」
 翔は、基樹の裸の胸にすがりつく。基樹が、そっと背中に腕を回す。
「当たり前だよ。基樹にもしものことがあったら、僕だって生きていない」

 基樹は、翔を腕に抱いたまま、耳元で話す。
「佐渡さんは俺に、これからも翔のそばにいて支えてほしいって言ってくれた。自分も応援するって。
 だから、俺たちのことはいいんだ。だけど……」
「……だけど、何?」
「藍は、そういうわけにはいかないって。つまり、上層部は、教祖の娘が、教祖が認めていない相手の子供を産むことは許されないと言っているって。
 まして今回は、反逆者の子供だからな……」
 
 翔は言う。
「でも、藍は、どうしても産みたいって……」
「そうだな。でも、藍を拉致された上層部の責任問題でもあるし、本音は中絶させたいらしい。もしも増永さんだったら、有無を言わさず、そうさせていたかもしれないな。
 だけど、さすがに教祖の娘に中絶を無理強いすることは出来ないから、中絶が無理ならば、産んだ子供は、出産後、すぐに養子に出すって言っていた」
 
 それは、藍も久美から言われているようだが、なんとひどい話なのかと、胸が痛くなる。愛する人の子供を産んでも、自分の手で育てることも許されないなんて……。
 そして、ふとおかしな考えが浮かぶ。何をしようが子供が出来る心配がないから、自分と基樹の関係は容認されているのだろうか……。
 だが、翔は、すぐにそれを打ち消した。いや、基樹は、信者として正式に認められているのだから、何も問題はないはずだ。
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