第148話 運命

文字数 921文字

 久美が、自分たちのことを大切に思ってくれていることは、よくわかった。結局のところ、明日、自分たちは、教祖が滞在しているホテルに出向くことになるのだろう。
 だが、それでも翔は言った。
「僕は、いやだ」
「翔……」
 藍がこちらを見る。
 
「心の準備が出来ない。怖い……」
 それ以上、どう言えばいいのかわからない。自分の気持ちを、うまく言い表すことが出来ない。
 今までずっと、黙って話を聞いていた基樹が、そこで初めて口を開いた。
「もちろん、俺たちが一緒に行って、二人を守るよ」
 そして、久美を見て言う。
「そうですよね?」
 久美が、大きくうなずく。
 
 翔はうつむく。
「そうじゃなくて……」
 もちろん、二人がホテルを訪ねることになれば、基樹と佐渡、あるいは久美も、それに、ほかの信者たちが同行し、道中警護してくれるのだろう。だが、翔が恐れているのは、そのことではない。
 翔が怖いのは、教祖その人だ。人となりがどうこうというのではない。
 教祖と会うことによって、自分たちの運命は確実に変化するだろう。そのことが、怖くてたまらないのだ。
 
 決して、今の生活に満足しているとは言えない。だが、藍と基樹とともに過ごす静かな生活が失われてしまうのであれば、とても耐えられそうにない。
 たとえ親であろうと教祖であろうと、自分たちの気持ちをないがしろにすることは許せない。
 
 
 だが、翔の肩に触れながら、藍が言った。
「私は、会ってみてもいいと思うわ。会って、どんな人か確かめたい。つまり、ちゃんと私たちのことを考えてくれる人なのかどうか。
 そして、気持ちを伝えたい。私たちが、今までどんなふうに生きて来たのか。私たちが、何を望んでいるのかを」
 顔を上げた翔に向かって、藍は微笑む。
「それだけでも、会ってみる価値はあると思うけど」

「でも、そういう人じゃなかったら?」
 翔の言葉に、藍は考え込む。
「そうね……。そのときは、戦うわ。たとえ勝ち目がないとしても」
 やっぱり、藍は強いと思うが、ずいぶん物騒な話だ。それを聞いた基樹が、にやりとしながら言った。
「そのときは、俺も加勢するぜ」
 すると久美が、たしなめるように言った。
「教祖様は、そのような横暴な方ではないと思いますよ」
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