第31話 悪い冗談

文字数 1,001文字

 翔と藍は、物心がついた頃から、そのように聞かされて来た。
 二人の存在は、自分たち個人のものではなく、教団のものである。それゆえ、優先されるべきは、常に教団であって、教団の不利益になる行動や思考は許されない。
 二人の肉体も精神も、すべて教団のものであり、常に教団とともにある、と。
 
 幼い頃は、増永と久美に教え諭されるまま、言いつけに忠実に生きて来た。だが、成長するにつれ、世の中のことがわかってくると、それらのことは、いかにも荒唐無稽に思えるようになった。
 カルト教団というもの自体、日本ではあまり馴染みがないし、派閥争いだとか、世界を統べるだとか、まるでB級の映画か小説のようではないか。
 
 だが、幼い頃から繰り返し刷り込まれて来た思考から、簡単に抜け出すことは出来ず、厳しい監視のもと、翔と藍は、肩を寄せ合うように生きて来た。
 ほかに心を許せる者のいない二人は、兄妹でありながら、深く愛し合い、密かに体を重ねて来たのだった。
 
 半分は、悪い冗談のように感じながら、そうして今まで生きて来たのだが、今日、悪い冗談は、現実になったのだった。
 
 
 傷の手当てが終わって間もなく、増永も読書室にやって来た。男をどうしたかは話さなかったが、「とりあえずは心配ない」と言った。
 翔の脳裏に、増永が手にした銃がよみがえる。
「ですが、ついに危惧していたことが起こってしまいました。明日、この屋敷を出ます」
 藍が言う。
「そんな! 学校はどうするの?」

 増永は、翔と藍の顔を見つめる。
「居場所を知られてしまった今、学校は、最早危険です。お二人には申し訳ありませんが、学校には寄らずに発ちます」
 藍が、抗議の声を上げた。
「急に言われたって困るわ。荷物をまとめる時間だっているし、翔は怪我をしているのに」

「何も持たず、身一つで行ってください。必要なものは、その都度新たに買えばいい。
 何しろ、緊急事態なのです。先ほどの男は、翔さんを、そして恐らくは、藍さんのことも連れ去ろうとしていたのですよ。
 お二人の身に危険が迫っています。一刻の猶予もありません」
「ひどいわ……」
「仕方がありません。お二人の存在は、お二人個人のものではなく、教団の一部なのですから」

 翔は、出血のせいか、靄がかかったようになった頭で考える。教団の一部、か。わかっていたはずなのに、虚しくてたまらない。
 だが、虚しさとともに、あることが頭に浮かんだ。
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