第42話 荷物

文字数 691文字

 その後、基樹もソファで横になった。翔は、なかなか涙が止まらなくて困ったが、熱と疲労のせいか、いつの間にか眠った。
 目が覚めると、すでに夕方になっていて、部屋に藍がいて、基樹も起きていた。増永には、身一つでここを出るように言われていたが、藍は、今まで持って行く荷物をまとめていたのだと言う。
「お気に入りの服や小物を持って行けないなんて、そんなの絶対にいやよ。だめだって言うなら、私一人でも、ここに残るってごねてやるわ」

 藍はいつも、強くて前向きだ。すぐに落ち込んでめそめそしてしまう翔と違って、どんなに辛いことがあっても、必ず自分で立ち上がる。
 双子なのに、しかも藍は女の子なのに、どうしてこんなに違うのかと自分が情けないが、藍がいてくれると心強い。
 その藍が言った。
「翔の荷物もまとめてあげるわ。いくら買えばいいって言っても、着替えの服の何枚かはいるでしょう?」

「でも……」
 基樹は、本当に身一つなのだ。翔は気を失っていて知らなかったのだが、一緒に行くことが決まったときに、ただ一つだけ持っていたスマートフォンさえ増永に没収されてしまったのだと、昼食のときに聞いた。
 翔は、今までスマートフォンを持ったことがないので、実感としてはよくわからないが、急に取り上げられてしまったら、さぞ不便で心もとないことだろう。
 それなのに、自分たちだけ私物を持って行くのは気が引ける。
 
 だが、翔の視線に気づいた基樹が言った。
「俺のことなら気にしなくていいよ。服でもなんでも、せいぜいおっさんたちに買ってもらうさ」
 藍がつぶやいた。
「……おっさんって、もしかして増永のこと?」
「ほかに誰がいる?」
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