第70話 バスルーム

文字数 763文字

 その夜、バスルームで、また少し泣いた後、パジャマを着て出て行くと、部屋の電気が消えていた。
 基樹は、もう寝てしまったのか。そう思いながら数歩進むと、基樹の声がした。
「翔、こっちに来いよ」
 近づいて行くと、腕を掴まれ、そのままベッドに引き入れられた。
 
 
 暗闇の中、いろいろなやり方で、何度も愛を交わした。その中には、翔が初めて経験することもあった。
 くたくたになり、最後は、気を失うように眠りに落ちた。
 
 
「……翔。……翔」
 耳元で囁かれ、重い目蓋を開けると、辺りはまだ薄暗い。目をこすりながら顔を上げると、裸のままの基樹が見下ろしている。
「起きろよ。一緒にシャワー浴びようぜ」
「え……。恥ずかしいよ」
「しばらく会えなくなるんだ。なぁ、いいだろ?」
 それを言われると、弱い。翔は、重い体を引き起こした。
 
 
 まだ一度も、明るいところでお互いの体を見たことがなかった。それだけでも恥ずかしいのに、基樹が、「俺が体を洗ってやる」と言い、実際に、そうされた。
 その後、予想以上にバスルームで長い時間を過ごすことになり、翔は、早くも一日分の体力を使い果たした気分だ。
 
 息が上がり、ふらついて、もたれかかった翔を抱きしめて、基樹が言った。
「翔の体に、俺を刻みつけたかったんだ。翔が、覚えていてくれるように」
 翔は、基樹の濡れた肩に頬を当てて答える。
「ずっと忘れない。忘れられるはず、ないよ……」


 自分は、心の中を隠すことが、えらく下手らしい。だから、どれだけ上手くいくかわからないが、朝食のときは、なるべく、さりげなくしていよう。
 藍たちに、昨夜のことを勘繰られたくない。もっとも、今までの経緯で、増永や久美にも二人の関係を気づかれているならば、今さら遅いかもしれないが。
 だが、少なくとも、泣いてはいけない。翔は、そう心に決めた。
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