第113話 自分本位

文字数 681文字

 涙をぬぐい、ベッドに横たわったまま放心していると、真佐が、夕食を持ってやって来た。もう、そんな時間になっていたのだ。
 ベッドにセットしたテーブルに、料理の載ったトレーを置きながら、真佐が言う。
「大丈夫? 気分が悪いの?」
 起き上がった藍は、首を横に振る。
「いえ。考え事をしていただけです」
「ごめんなさいね。陸人が馬鹿なことをして」
「いえ……」

 真佐が、湯飲みにお茶を注ぎながら言う。
「本当は、あなたのこと、すぐにでもお家に帰してあげたいんだけれど……」
「いえ、大丈夫です。これからどうするのが一番いいか、少し考えてみます。その間、ここに置いてください」
 真佐が、泣き笑いのような表情で言った。
「あなた、いい人ね」
「いえ……」


 真佐が出て行った部屋で、食事をしながら、藍は思う。私はいい人なんかじゃない。自分本位で、人に感謝もせず、平気で人を傷つけ、犠牲にして生きて来たのだ。
 そして今もまた、人のことよりも、自分のことを優先しようとしている。 
 もちろん、一刻も早くあの屋敷に帰って、翔たちを安心させたいと思うし、陸人が教団の制裁を受けずに済む方法も考えたい。でも、私自身は……。
 
 本音を言えば、翔と基樹が仲睦まじくしている姿を横目に見ながら、刺繍しか楽しみのないあの屋敷に帰ることを、素直に喜べない自分がいる。
 一度戻ってしまえば、簡単に出ることは出来ない。こんなことがあった後では、今まで以上に管理も厳しくなることだろう。
 そんな場所に戻って、愛し合う相手もなく、先の見えない孤独な生活を送ることが、幸せだと言えるだろうか。
 否。そんなこと、私はいやだ!
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