第92話 不安

文字数 887文字

 肩を抱えられ、ダイニングルームに連れて行かれたが、突然のことに言葉も出ない。うながされるまま、椅子に座り、なおも呆然としていると、久美が朝食を運んで来た。
「それどころではないでしょうけれど、少しでも召し上がってください。翔さんまで倒れられてはいけません」
「あぁ……どうしよう」
 藍は、とても苦しそうだった。昨夜、夕食のときには元気に笑っていたのに……。
 
「大丈夫ですよ。下のログハウスからは、手配した救急車で病院に向かう手はずになっています。病院も、信頼のおけるところですから、きっと適切な処置をしてくれるはずです」
 そう言う久美の表情も、どこか不安げだ。さっき口にしたように、本当は付き添って行きたかったに違いない。
 
「どうしよう……」
 再びつぶやくと、基樹が言った。
「俺たちに出来るのは、藍が元気に戻って来るのを願いながら、じっと待つことだけだよ」
 久美も言う。
「そうですよ。どうか気持ちを落ち着けて、召し上がってください」
 そうだ。自分が動揺して、二人に迷惑をかけてはいけない。
「……わかった」


 久美は、病院に着き次第、増永から連絡が入ることになっていると言った。翔は不安で、一人ではいられなくて、大広間のソファセットで、ずっと基樹と寄り添って座っていたのだが、なかなか連絡は来ない。
 そのまま時間が過ぎ、昼になった。久美が、そばまで来て言った。
「お食事の用意が整いました」
「翔、行こう」
 基樹にうながされるが、立ち上がる気にもなれない。
 
「食べられないよ……」
 途中で声が震え、いけないと思いながら、涙が込み上げる。基樹が、肩を抱いて言った。
「部屋で、少し休むか?」
「そうなさってください。後で、お茶をお持ちします」
 さっき、迷惑をかけてはいけないと思ったばかりなのに、もうこのざまだ。自分が情けないが、藍のことが心配で、胃が絞めつけられるようで、とても食事どころではない。
 
 
 基樹に付き添われて、部屋まで行った。ベッドに横になった翔に、基樹が布団をかけてくれる。
「食事が済んだら、また来るから」
「ごめん……」
「気にするな」
 そう言って、基樹は部屋を出て行った。
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