第83話 用事

文字数 793文字

 お茶の後、三人で基樹の部屋に行った。その部屋は二階にあり、ちょうど、翔の部屋の真下に位置している。
 翔と藍の部屋の半分ほどの広さだが、バストイレ完備の、シンプルで清潔感のある部屋だ。壁際に、日本支部の部屋で基樹が使っていた運動器具が置いてある。
「向こうで、部屋を移動したときにも持って行って、ずっと筋トレしてたんだ。おかげで、ハードな訓練にも、なんとかついて行けた」

 藍が言う。
「訓練って、どんな内容だったの?」
「あぁ、基本的な体力の強化のほかに、持久力や瞬発力を鍛えたり、あとは、実践かな」
「実践って?」
「つまり、実践的な格闘技みたいな。何かあったときに戦うための訓練だよ。万が一、賊が押し入って来たときに、確実に相手を倒すための」

 翔は、思わず基樹の顔を見つめる。藍も、言葉を失っている。二人の様子に気おされたかのように、基樹が、顔の前で手を振った。
「いや、もちろん、そんなことは滅多に起こらないと思うけど。この建物は、洋館の何倍も防犯システムが強化されているらしいし、二人は知らないかもしれないけど、ここからそう遠くにないところに信者が常駐している拠点があって、何かあったら、すぐにそっちに連絡が行って、ここに迅速に駆けつけることになっているんだ」

 藍が、気を取り直したように言った。
「ようするに、ここは、とても安全だってことね」
「あぁ、そういうことだよ」
 ほっとしたように、基樹が微笑む。
「あっ、私、ちょっと用事を思い出したわ。じゃあ、夕食のときにね」
 そう言うと、藍は、そそくさと部屋を出て行った。
 
 藍が出て行ったドアを見ながら、翔はつぶやく。
「用事ってなんだろう……」
 ここでの暮らしの中で、急いで片付けなくてはならない用事なんてあるだろうか。そう思っていると、基樹がくすりと笑った。
「気を利かせてくれたんだろう」
「え?」
「俺たちを二人きりにしてくれたんだよ」
「あ……」
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