第124話 翔

文字数 727文字

 その後も二人は、夜更けの藍の部屋で、何度も抱き合った。陸人はいつも、藍を壊れ物のように優しく扱いながら、最後は、とても荒々しい。
 初めのうち、行為の途中で、ふと翔や鮎川先生の顔がちらつくことがあったが、いつしか、それもなくなった。体中を丁寧に濃密に愛撫され、藍も、全身でそれに答えた。
 藍は、とても幸せだった。
 
 
 藍の部屋は一階で、窓の外一メートル余り先にはブロック塀がある。だから、敷地の外の様子はよくわからないのだが、それでも、寒さは和らぎ、塀の手前にある植え込みの緑や空の色で、春を感じられる。
 ここに来たばかりのときに真佐に言われたように、結局は、閉ざされた屋敷にいたころと、あまり変わらない暮らしをしている。それでも今、自分には、全身全霊で愛し合っている人がいる。
 
 正直なところ、真佐や陸人が、今の状況、ひいては藍のことをどう思っているのかはわからない。だが、少なくとも表面上は、二人とも、藍のことを大切にしてくれている。
 ずっとこのままの生活が続き、何年も教団関係者に見つかることがなければ、いずれ藍も陸人も、市井の一員となって生きて行くことが出来るのではないか。いや、是非ともそのように生きて行きたい。
 藍は、そう思うようになっていた。もう、過去に未練はない。
 
 だが、一つだけ、ずっと気になっていることがある。翔のことだ。
 もう、恋人として翔を思い出すことはないけれど、今もかけがえのない大切な人であることには変わりない。それに、きっと彼は、今も藍のことを心配しているに違いない。
 もう、二度と会うことはないかもしれないけれど、せめて自分が元気で暮らしていることを知らせることが出来たら。いつしか、そんなふうに思うようになっていた。
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