第37話 事情
文字数 1,357文字
増永が、藤崎に向かって言った。
「私たちは、さる国を拠点とする宗教団体の信者です。翔さんと藍さんは、教祖の実の子供であり、正統な後継者なのです。
ですが、残念なことに、教団内では長年、熾烈な派閥争いが続いています。ある者は、お二人の身柄を奪おうとし、ある者は、お二人を亡き者にしようと画策しています。
私たちは、お二人を警護することを任務としています。反対派に、その存在と居場所を知られ、お二人の身が危険にさらされている今、直ちにここを発たなければならないのです。
事情をおわかりいただけましたか?」
藤崎は、何も答えない。それはそうだ。今まで普通に生きて来て、いきなりこんな話を聞かされても、にわかに信じられるはずがない。
だが、増永はさらに続ける。
「もちろん、あなたには、なんの罪も落ち度もありません。ですが、こういうことになった今、このままお帰りいただくわけにはいきません」
「待って!」
翔は叫んだ。藤崎の部屋で薬を飲んで、ずいぶん体が楽になっていたのだが、早くも薬の効き目が薄れ始めたのか、悪寒がして体が震える。
「藤崎は誰にも言ったりしないよ。だから、帰らせてあげて!」
「いい加減にしなさい!」
滅多に言葉を荒げない増永に怒鳴られ、藍ともども身をすくめる。涙がぼろぼろとこぼれる。
増永は、静かに言った。
「何度もお話ししたはずです。ご自分のお立場をよくお考えになってください。
鮎川先生のときに、ご理解いただいたものと思っていましたが、残念です」
「えっ?」
藤崎が、増永と翔を交互に見る。それにかまわず、翔は言う。
「藤崎をどうする気?」
増永が、冷たく言い放つ。
「おわかりいただいていると思いますが」
「やめて!」
翔は泣き叫んだ。
「だめだよ、そんなこと。それなら、僕を代わりにして。
僕が悪いんだから。全部僕のせいなんだから。ね、そうして!」
増永が、ため息をつきながら首を横に振る。
「それでは意味がありません」
「あぁ……」
なんてことだ……。絶望に打ちひしがれ、涙を流しながら悪寒と息苦しさに耐えていると、突然、藍が声を上げた。
「わかったわ!」
全員が藍に注目する。
「藤崎くんに、一緒に行ってもらえばいいのよ」
驚いた表情で見つめる増永に、藍は言いつのる。
「今の翔を見ればわかるでしょう? 藤崎くんにもしものことがあったら、翔はショックでどうにかなっちゃうわ。
そうなったら、私だって平気ではいられない。それでいいの?
私たち、将来は教団を背負って立つ身なのよね。それなのに、体さえあれば、心なんてどうでもいいっていうの?」
「だけど……」
翔は、声を絞り出す。
「藤崎の気持ちは……」
「わかったよ」
「……え?」
藤崎が言う。
「俺に選択権はないんだろう? どうせ俺は一人なんだ。両親は離婚して、母親は再婚して子供がいるし、父親は仕事で海外に行ったっきりだ。
もう一人には飽き飽きしていたんだよ」
そして、増永に向かって言った。
「俺も一緒に行きます。だめですか?」
しばしの沈黙の後、増永が言った。
「本当に、それでいいんですか?」
「いいも何も、この年で、まだ死にたくないんで」
ほっとしたのと申し訳ないのとで、再び翔の目から涙があふれる。泣きながら、胸が苦しくなって息が出来なくなり、ふと意識が遠のいた。
「私たちは、さる国を拠点とする宗教団体の信者です。翔さんと藍さんは、教祖の実の子供であり、正統な後継者なのです。
ですが、残念なことに、教団内では長年、熾烈な派閥争いが続いています。ある者は、お二人の身柄を奪おうとし、ある者は、お二人を亡き者にしようと画策しています。
私たちは、お二人を警護することを任務としています。反対派に、その存在と居場所を知られ、お二人の身が危険にさらされている今、直ちにここを発たなければならないのです。
事情をおわかりいただけましたか?」
藤崎は、何も答えない。それはそうだ。今まで普通に生きて来て、いきなりこんな話を聞かされても、にわかに信じられるはずがない。
だが、増永はさらに続ける。
「もちろん、あなたには、なんの罪も落ち度もありません。ですが、こういうことになった今、このままお帰りいただくわけにはいきません」
「待って!」
翔は叫んだ。藤崎の部屋で薬を飲んで、ずいぶん体が楽になっていたのだが、早くも薬の効き目が薄れ始めたのか、悪寒がして体が震える。
「藤崎は誰にも言ったりしないよ。だから、帰らせてあげて!」
「いい加減にしなさい!」
滅多に言葉を荒げない増永に怒鳴られ、藍ともども身をすくめる。涙がぼろぼろとこぼれる。
増永は、静かに言った。
「何度もお話ししたはずです。ご自分のお立場をよくお考えになってください。
鮎川先生のときに、ご理解いただいたものと思っていましたが、残念です」
「えっ?」
藤崎が、増永と翔を交互に見る。それにかまわず、翔は言う。
「藤崎をどうする気?」
増永が、冷たく言い放つ。
「おわかりいただいていると思いますが」
「やめて!」
翔は泣き叫んだ。
「だめだよ、そんなこと。それなら、僕を代わりにして。
僕が悪いんだから。全部僕のせいなんだから。ね、そうして!」
増永が、ため息をつきながら首を横に振る。
「それでは意味がありません」
「あぁ……」
なんてことだ……。絶望に打ちひしがれ、涙を流しながら悪寒と息苦しさに耐えていると、突然、藍が声を上げた。
「わかったわ!」
全員が藍に注目する。
「藤崎くんに、一緒に行ってもらえばいいのよ」
驚いた表情で見つめる増永に、藍は言いつのる。
「今の翔を見ればわかるでしょう? 藤崎くんにもしものことがあったら、翔はショックでどうにかなっちゃうわ。
そうなったら、私だって平気ではいられない。それでいいの?
私たち、将来は教団を背負って立つ身なのよね。それなのに、体さえあれば、心なんてどうでもいいっていうの?」
「だけど……」
翔は、声を絞り出す。
「藤崎の気持ちは……」
「わかったよ」
「……え?」
藤崎が言う。
「俺に選択権はないんだろう? どうせ俺は一人なんだ。両親は離婚して、母親は再婚して子供がいるし、父親は仕事で海外に行ったっきりだ。
もう一人には飽き飽きしていたんだよ」
そして、増永に向かって言った。
「俺も一緒に行きます。だめですか?」
しばしの沈黙の後、増永が言った。
「本当に、それでいいんですか?」
「いいも何も、この年で、まだ死にたくないんで」
ほっとしたのと申し訳ないのとで、再び翔の目から涙があふれる。泣きながら、胸が苦しくなって息が出来なくなり、ふと意識が遠のいた。