第81話 任務

文字数 1,380文字

 二人は、部屋の中央にあるソファに、寄り添って座っている。ようやく涙が止まった翔は、鼻をすすりながら言う。
「びっくりした。急だったから……」
「そうだよな」
 基樹が、翔の髪に頬を寄せながら言う。
「俺も驚いたよ。昨夜、明日発つって急に言われたんだ。翔に連絡のしようもないしな」

「でも、よかった。もう会えなかったらどうしようかと……」
 基樹が笑う。
「俺、教団の一員として認められたんだ。一番下っ端だけどな。下っ端だけど、翔と藍のそばにはべって、二人を守る任務を与えられたんだよ。
 二人に危険が迫ったときには、身を挺して守るのが俺の役目だ」
「そんな……」
 基樹は大切な人なのに、任務だなんて、違和感がある。
 
 だが、基樹は言った。
「名目上は、そういうことになっているけど、実際には、普段はそばにいて、支えになってくれればいいって、増永さんに言われた」
 やはり増永には、翔の基樹に対する気持ちを読まれているらしい。翔は、基樹の顔を見上げる。
「増永さん、なんて言うんだね」
「まぁ、立場上な。何しろ下っ端だから、何もかも今まで通りっていうわけにはいかないさ。前みたいに、一日中グダグダしてばかりはいられないし」

「どういうこと?」
 基樹は、翔の髪をもてあそびながら言う。
「一応、任務っていうか、敷地内の安全確認とか報告書を書くとか、試用期間が過ぎたら、外に用事を足しに行くこともあると思う」
「でも、僕たちと一緒に過ごせるんでしょう?」
「それはまぁ、自由な時間はな」

「また三人で食事したり出来るよね?」
「それはどうかな。下っ端が、教祖の子息と令嬢と一緒に食事をするっていうのは……」
「そんなの関係ないよ!」
 思わず大きな声を出してしまった。
「もともと僕たちは同級生だったんだし、基樹は、僕のせいで……」

 再び涙ぐみそうになってうつむくと、基樹が、翔の頬をつまみながら言った。
「もう、それは言うなって。俺が選んだ道だよ。じゃあ、食事のことは聞いてみるよ」
「うん……」
 以前のように、藍と三人で一緒に食事をしながら話したいし、基樹がもりもり食べる姿も見たい。
 
 そこで、ふと思いついて言った。
「藍には、もう会った?」
「あぁ。日本支部の人に、ここまで車に乗せて来てもらったんだけど、玄関の前で車を降りたら、ちょうど藍が出て来たんだ。この雪の中、これから庭を散策するって言って」
「そう……」
 仕方がないが、藍が自分より先に基樹と会っていたことが、なんだか少しだけ悔しい。すると、基樹が言った。
「藍は、二人きりで会うといいって、翔の部屋の場所を教えてくれて、そのまま庭に出て行ったよ」

 あぁ、そんな藍に対して、自分は、なんてつまらないことを……。翔がうつむくと、のぞき込むように基樹の顔が近づいて来て、唇と唇が重なった。
 しばらくの間、濃厚なキスが続けられたが、やがて、体を引きはがすようにして、基樹が言った。
「もう行かないと」
「え……?」
「増永さんに呼ばれているんだ。藍と会ったとき、増永さんも出迎えてくれていたんだ。
 本当は、すぐに行かなくちゃならなかったんだけど、藍が取りなしてくれたんだよ」
 
 立ち上がる姿を呆然と見つめていると、基樹がかがみ込んで、両手で翔の顔を挟んだ。
「また後でな」
 基樹の顔を見上げたまま小さくうなずく翔を見て、ちょっと微笑んでから、基樹は部屋を出て行った。
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