第161話 同じ気持ち

文字数 887文字

 それからしばらくの間は、いつ変化が訪れるのか、いつ教祖から連絡があるのかと、緊張しながら過ごした。だが、いつまで経っても何も起こらず、いつしか日常に戻っていた。
 夜更けのベッドの中で向かい合いながら、基樹が、腕の傷跡をゆっくりと指でなぞる。それは、出来た当初よりは薄くなっているものの、まだくっきりとそこにある。 
 そうされながら翔は、ふと心情を漏らす。
「あの日のことって、本当にあったことなのかな」

「あの日って、教祖と会った日のことか?」
「うん。なんだかもう、遠い昔のことのようでもあるし、夢の中の出来事のような気もする」
「そうだな」 
 基樹は、何か考えるように、虚空に目をやる。そして、ぽつりとつぶやいた。
「でも俺は、今のままでもかまわない」

 二人の視線が重なる。
「翔は呆れるかもしれないけど、俺は、こうやって翔と一緒に過ごせるだけで満足なんだ。教団の未来とか派閥争いとか、そんなこと、本当はどうでもいい。
 ただ、翔のそばにいられたら……。そんなふうに思うのは、いけないことかな」
 翔は、止めていた息を吐いて言った。
「僕も、まったく同じことを考えていた」
 基樹と同じ気持ちなのはうれしいけれど、必死にこれからのことを模索している藍には、申し訳ないと思う。

 やはり、同じように思っているらしい基樹が言った。
「こんなこと、藍に言ったら怒られそうだな。もちろん、藍に幸せになってほしいとは思っているけど」
「僕も……」
 基樹が、翔の頬に触れながら、にやりとする。
「でも今は、もう一度、したい」
「え……」
 何か言う前に、唇をふさがれた。観念して、基樹の舌を受け入れる。
 
 子供の頃からずっと、藍と二人きりで、いつも心細く寄る辺なかった。基樹と出会って初めて、包み込まれる心地よさを知った。
 すべてを受け止め、守ってくれる基樹のそばにいると、とても心強い。腕の中に抱きしめられると、とても安心する。
 もう基樹なしでは生きて行けそうにないが、基樹さえそばにいてくれれば、それだけで幸せなのだ。
 藍にも、そういう相手が現れてくれたら。そして、ずっと藍を守ってくれたらと思うのだが……。
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