第87話 天使
文字数 1,403文字
まだ気持ちが落ち着かなくて、胸がいっぱいで、あまり食べられそうにない。自分でも情けないが、いつものことだ。
それでも、食べられるだけ食べようと、スプーンを手に取り、シチューを口に運ぶ。基樹は、向かい側に座って、それを見つめている。
「そんなに見てたら、食べづらいよ」
「そうか? いつも向かい合って食べていたじゃないか」
「でも、僕だけ……」
基樹が、にやにやする。
「俺は楽しいけどな。翔が食べるところを見るの、久しぶりだし」
そう言えば、翔も、基樹がもりもり食べるところを見たいと思っていたのだが、それにしても、こんなにじろじろ見られていては恥ずかしい。
そこで、ふと思いついて言った。
「あのね、ここに来てから、たくさん写真を撮ったんだよ。絵も描いた。見る?」
「へぇ、見たいな。翔、絵なんて描くのか?」
「うん。藍に言われて、昔描いていたのを思い出して」
翔は、食事を中断して、撮りためた写真のファイルと、スケッチブックを持って戻った。それらを、テーブルの、基樹の前に置く。
「ちょっと恥ずかしいけど……」
基樹は、最初にスケッチブックを開いた。水彩で描いた風景画が何枚かある。
「ここから見た景色を描いたのか?」
「うん。撮った写真を見ながら描いた」
そう言いながら、再び食べ始める。
「夕焼けの空がきれいだな。へぇ……すごいじゃないか」
「写真も見て」
ほとんど毎日のように撮っていたので、けっこうな枚数になっている。その中の一枚を見て、基樹が声を上げた。
「あぁ……。二人とも、天使みたいだな」
それは、藍が最初のときに撮った、二人が顔を寄せ合っている写真だ。
「天使だなんて、大げさだよ」
ただ、双子が並んで笑っているだけだ。基樹が、こちらを上目遣いに見ながら言う。
「大げさなもんか。自分では見慣れていてわからないなら教えてやるけど、二人とも、天使のようにきれいだし、無邪気な笑顔がまぶしいくらいにかわいいぞ」
なんだか恥ずかしくなって、急いで話を変える。
「あっ、ねぇ、基樹の写真も撮りたいな」
「ヌードか? いつでもいいぞ」
「……バカ」
ひとしきり、くすくすと笑ってから、基樹が言った。
「なぁ、この、翔が一人で写っているやつ」
それも、藍が撮ってくれたもので、白い山並みを背景に、少し首を傾げた翔の肩から上が写っている。
「うん」
「これ、くれないか?」
「いいけど……」
基樹が、照れくさそうに言う。
「これからは毎日顔を見られるけど、それでも、一枚くらいは……。離れている間も、写真があったらよかったのにな。
翔にもらった本、翔のことを思いながら毎晩開いて、もうボロボロになっちまった。おかげで、ものすごく平安時代にくわしくなったよ」
「いいよ」
ファイルから写真を抜いて、基樹に手渡す。
「ありがとう」
基樹は、しばらくの間、写真に目を落としてから、大切そうに胸のポケットにしまった。
「なぁ、あのとき渡した俺のTシャツ……」
本の代わりに、基樹にもらったものだ。
「あるよ。ベッドに」
言ってしまってから、ベッドは余計だったと後悔する。
基樹がまた、にやにやし始める。
「毎晩、抱きしめて寝てたのか?」
「抱きしめては、いないけど」
嘘だ。
「抱きしめながら、何してたんだよ」
「だから、抱きしめてないって」
「抱きしめながら、いやらしいことしてたんだろ」
「いやらしいことなんてしてないよ!」
頬が熱くなる。本当は、少し、した。
それでも、食べられるだけ食べようと、スプーンを手に取り、シチューを口に運ぶ。基樹は、向かい側に座って、それを見つめている。
「そんなに見てたら、食べづらいよ」
「そうか? いつも向かい合って食べていたじゃないか」
「でも、僕だけ……」
基樹が、にやにやする。
「俺は楽しいけどな。翔が食べるところを見るの、久しぶりだし」
そう言えば、翔も、基樹がもりもり食べるところを見たいと思っていたのだが、それにしても、こんなにじろじろ見られていては恥ずかしい。
そこで、ふと思いついて言った。
「あのね、ここに来てから、たくさん写真を撮ったんだよ。絵も描いた。見る?」
「へぇ、見たいな。翔、絵なんて描くのか?」
「うん。藍に言われて、昔描いていたのを思い出して」
翔は、食事を中断して、撮りためた写真のファイルと、スケッチブックを持って戻った。それらを、テーブルの、基樹の前に置く。
「ちょっと恥ずかしいけど……」
基樹は、最初にスケッチブックを開いた。水彩で描いた風景画が何枚かある。
「ここから見た景色を描いたのか?」
「うん。撮った写真を見ながら描いた」
そう言いながら、再び食べ始める。
「夕焼けの空がきれいだな。へぇ……すごいじゃないか」
「写真も見て」
ほとんど毎日のように撮っていたので、けっこうな枚数になっている。その中の一枚を見て、基樹が声を上げた。
「あぁ……。二人とも、天使みたいだな」
それは、藍が最初のときに撮った、二人が顔を寄せ合っている写真だ。
「天使だなんて、大げさだよ」
ただ、双子が並んで笑っているだけだ。基樹が、こちらを上目遣いに見ながら言う。
「大げさなもんか。自分では見慣れていてわからないなら教えてやるけど、二人とも、天使のようにきれいだし、無邪気な笑顔がまぶしいくらいにかわいいぞ」
なんだか恥ずかしくなって、急いで話を変える。
「あっ、ねぇ、基樹の写真も撮りたいな」
「ヌードか? いつでもいいぞ」
「……バカ」
ひとしきり、くすくすと笑ってから、基樹が言った。
「なぁ、この、翔が一人で写っているやつ」
それも、藍が撮ってくれたもので、白い山並みを背景に、少し首を傾げた翔の肩から上が写っている。
「うん」
「これ、くれないか?」
「いいけど……」
基樹が、照れくさそうに言う。
「これからは毎日顔を見られるけど、それでも、一枚くらいは……。離れている間も、写真があったらよかったのにな。
翔にもらった本、翔のことを思いながら毎晩開いて、もうボロボロになっちまった。おかげで、ものすごく平安時代にくわしくなったよ」
「いいよ」
ファイルから写真を抜いて、基樹に手渡す。
「ありがとう」
基樹は、しばらくの間、写真に目を落としてから、大切そうに胸のポケットにしまった。
「なぁ、あのとき渡した俺のTシャツ……」
本の代わりに、基樹にもらったものだ。
「あるよ。ベッドに」
言ってしまってから、ベッドは余計だったと後悔する。
基樹がまた、にやにやし始める。
「毎晩、抱きしめて寝てたのか?」
「抱きしめては、いないけど」
嘘だ。
「抱きしめながら、何してたんだよ」
「だから、抱きしめてないって」
「抱きしめながら、いやらしいことしてたんだろ」
「いやらしいことなんてしてないよ!」
頬が熱くなる。本当は、少し、した。