第33話 駅

文字数 877文字

 物陰からうかがっていると、駅に向かって歩いて来る、長身の高校生の姿が見えた。翔は、足早に近づいて、背中から声をかける。
「藤崎」
 くるりと振り返った藤崎が、不思議そうな顔をする。翔は、キャップを取った。
「……増永!」
 藤崎が、素っ頓狂な声を上げた。
「こんなところで何してるんだよ」

「あ……」
 翔は言葉に詰まる。ここまで来ることだけで精いっぱいで、なんと言えばいいのかまで考えていなかった。
「えぇと……一目、顔が見たくて」
「何言ってるんだよ。学校で会えるだろ?」
「学校には、もう……」
 今までの学校生活の中で、ただ一人、親しくしてくれた藤崎に、どうしても、最後に一目だけ会いたかったのだ。

 そのとき、足元の地面がぐらりと傾いた。地震かと思ったのだが、どうやら、めまいを起こしたらしかった。
「増永!」
 倒れそうになり、藤崎に、腕の傷の部分を思い切り掴まれた。
「あぁっ!」
 鋭い痛みに、思わず悲鳴を上げる。
 
 腕を押さえてうずくまる翔に、藤崎が言った。
「怪我してるのか?」
 痛みと気分の悪さで、すぐに声が出ない。藤崎が、肩に手をかけながら言った。
「俺のうちに行こう。マンションはすぐそこだし、一人暮らしで誰もいないから」
 翔は、あえぎながら、必死に声を絞り出す。
「もう、帰らないと」
 一刻も早く帰らないと、大変なことになってしまう。

「何言ってる。こんな状態で帰るのは無理だ」
 藤崎は、翔を抱えるようにして、強引に今来た道を歩き出す。
「学校に、行かないの?」
「お前を置いて行けるわけないだろ」
 それ以上、何か言う気力も、反抗する体力も残っていなかった。膝ががくがくして、なかなか足が前に出ない。
 
「なぁ、負ぶってやろうか?」
「本当に、帰らないと……」
 増永の顔が頭に浮かぶ。まずい……。だが、もう一歩も歩けそうにない。
「無理だって言ってるだろ。ほら」
 藤崎が、かがんで背中を向けるので、仕方なく体を預けた。藤崎の背中は広く、翔を軽々と背負って立ち上がった。
「いつかの体育の時間も、こうやって保健室まで連れて行ったんだぜ。なぁ、体が熱いな。熱があるんじゃないか?」
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