第13話 週末の夜

文字数 814文字

 その日以来、二人で甘い時間を過ごすことはなくなった。いつも、藍から誘って来ることが多かったのだが、今の藍は、「お手伝い」のことと万葉集のことで頭がいっぱいのようで、そこに翔が入り込む余地はないらしい。
 楽しげで、目をきらきらさせ、いつにも増して美しい藍は、しばしば万葉集について熱く語るものの、「お手伝い」についての詳しい話や、鮎川のことは何も話さない。
 翔が邪推したようなことではなく、純粋に万葉集に魅入られているだけなのか、それとも……。
 
 どちらにしても、藍はちっとも翔のほうを向いてくれない。翔が何を言っても、言葉は虚しく藍の横を通り過ぎてしまい、藍は上の空で微笑むだけだ。
 そのことが悲しくてたまらない。藍とちゃんと話がしたい。藍の素肌に触れたい。それなのに……。
 
 
 部屋で一人、藍のことを思っていると、胸が苦しくなって泣きたくなる。悲しくて寂しいのに、体の中心部だけが、藍を求めて熱く疼く。
 そんな自分が嫌でたまらないのに、疼きを鎮めるために、自分を辱めずにはいられない。暗闇の中で、翔は淫らな行為にふけりながら涙を流した。
 
 
 だが、週末の夜、シャワーを浴びた後、体をぬぐいながらバスルームを出ると、ベッドの上に、藍が横座りになっていた。ネグリジェの裾から見えている細い素足がなまめかしい。
 何も身に着けていなかった翔は、あわてて腰にバスタオルを巻く。すべてを知られているからといって、恥ずかしくないというわけではない。
 焦る翔を見て、藍がおかしそうに言う。
「そんなにあわてなくてもいいのに」

 ベッドの端に腰かけながら、翔は言い訳する。
「だって、藍がいるなんて思わなかったから」
 すると藍が、翔の手の甲に手のひらを重ねて言った。
「このところ、ずっとバタバタしていたから、久しぶりに翔とゆっくり話したかったの」
 思わず顔を上げると、藍が、潤んだ瞳でこちらを見ながら言った。
「体が冷えるわ。ベッドの中に入らない?」
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