第147話 世界を輝きで満たす

文字数 1,119文字

「ですが……」
 久美は困ったような顔をして、藍を見つめる。
「わかっているわ。私たちの意思も都合も関係ないんでしょう? いつものことよね」
「藍さん……」
 藍は、久美を無視して、翔に顔を向ける。
「翔は、どう思う?」
「僕は……」

 翔は、言葉を探しながら答える。
「まさか、こういう日が来るとは思わなかった。実際に顔を合わせることがあるなんて、考えたこともなかった。
 だって、とても遠い存在だから……」
 藍が、顔をのぞき込む。
「翔は、会いたいと思う?」
「それは……会うのは……正直に言うと、怖い」
 もしも会ったとして、その後に、何が待ち受けているのか。
 
 藍は、久美に向き直った。
「私たちは、小さい頃からずっと、自分たちの意思とは関係なく、教団に、ひいては教祖に翻弄されて生きて来たのよ。そのせいで、危険な目にも遭ったわ。
 今度もまた、気まぐれに私たちの心をもてあそぶつもりなら、許せない。私たちの気持ちよりも、教祖の気まぐれを優先させるなら、久美のことも許せないわ」
 藍は、真っ直ぐに久美の顔を見る。
「そんな……」

 久美は、空いている椅子の背もたれを掴んだ。
「私は、教祖様が、気まぐれでお二人に会いたいとおっしゃっているとは思いませんし、私も、お二人より教祖様が大切だなどとは思っていません。
 優劣をつけることなど出来ません。私にとっては、どなたも、自分の命よりも大切な方たちです」
「でもそれは、私たちが教祖の子供だからでしょう?」
「いいえ」

 久美は、椅子を引くと、そこに、どさりと座った。
「詳細は控えますが、私は複雑な環境で育ち、十代で教団の教義を知って救われました。
 もちろん、熱心な信者であり、お二人が教祖様のお子様であるからこそ、お世話係を志願したことには違いありません。厳しい審査の末に任命されたときは、とてもうれしかったものです。
 
 ですが、小さなお二人をお世話するうちに、やがて母のような気持ちが芽生え、お二人を我が子のように愛しく思うようになりました。
 けれども、お二人は、将来の教団を担う方たちです。私のような一介の信者が母親気取りなど、おこがましいことです。
 
 私は、お二人のお世話係に徹し、お二人をお守りすることに集中して、今まで生きてまいりました。私の願いは、お二人が健康で幸せにお暮しになること、そして、いずれは教団を継承し、世界を輝きで満たしていただくことです」
  
 話し終えた久美は、頬を紅潮させている。テーブルの上では、誰も手をつけないままの朝食が、冷めている。
 しばしの沈黙の後、藍が、鼻白んだように言った。
「久美の気持ちはわかったわ。でも、控えめに言っても、私たちが世界を輝きで満たすなんて、あり得ないわ……」
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