第30話 教団

文字数 806文字

 翔の願いが通じたのか、久美の後ろから、藍が入って来た。
「翔!」
 目を見開いた藍は、叫んだ後、両手を口元に当てる。久美が、テーブルに置いた救急箱を開きながら言う。
「お部屋でお待ちいただくように申し上げたんですが」
「だって、翔のことが心配だったのよ」
 泣きそうな顔をして、藍が近づいて来る。
 
 
 久美は、翔のパジャマを脱がせ、てきぱきと傷の手当てをしてくれた。
「お話ししたことがありましたかね。私、看護師の資格を持っているんです。
 傷は、それほど深くないようですから、じきに出血も止まりますよ。後ほど、鎮痛剤もお持ちしますから」
 藍が言う。
「『お母さま』って、なんでも出来るのね」
「そんなことはございませんよ」

 二人のやり取りを聞きながら、翔はぼんやりと考える。増永も久美も、その能力の高さゆえに、翔と藍を警護し、監視する役割を担っているのだ。
 今日のことで、それがはっきりとわかった。増永は、あの男をどうしたのだろう……。
 
 
 翔と藍は、さる外国のカルト教団の教祖と、その信者である日本人女性との間に生まれた。一般に知られることはないが、各国に支部を持つ巨大な教団の内部では、繰り返し、熾烈な派閥争いが繰り広げられ、二人の母親は、それに巻き込まれて殺害されたのだという。
 教祖である父親も、甚大な影響力を持ちながら、常に命を狙われ、居場所を転々とし、身を隠しながら活動を続けているのだとか。
 
 翔と藍の存在は、一部の幹部にしか知られていないものの、おおやけになれば、命を狙う者、新たな教団の象徴として擁立しようとする者たちによって、争奪戦が繰り広げられることは必至だという。
 そんな中、亡き母親の母国であり、比較的、力と財力のある日本支部が、教祖じきじきの命により、幼い頃から二人を保護し、育てて来た。
 長い混乱が終わり、教団が世界を統べる日が訪れたあかつきには、教祖の後継者として、二人を世に知らしめるために。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み