第17話 原因

文字数 965文字

 着替えて待っていると、久美は、お茶の用意をして現れた。お茶なんて飲みたい気分ではないし、早く藍のことが聞きたかったが、久美は、慣れた仕草で、テーブルにマカロンの載った皿とカップを並べ、丁寧に紅茶を淹れる。
 こらえきれずに、翔は口を開いた。
「ねぇ、藍は」

 久美が、遮るように言う。
「どうぞ召し上がれ」
 翔は、ついに癇癪を起した。
「お茶なんて飲んでいる場合じゃないよ! 今日一日、僕がどんな気持ちで過ごしたと思うの!?
 大きな声を出したせいで、気持ちが高ぶって、かっと体が熱くなる。
 
 すると久美は、咳払いをしてから、おもむろに言った。
「藍さんは、ご病気ではいらっしゃいません。」
 意外な言葉に、ぽかんとして見上げる翔に、だが、久美は言った。
「ですが、藍さんは、妊娠していらっしゃいます」
「え……」

 翔は、呆然として、紅茶から立ち昇る湯気を見つめる。だって、この前、藍は生理だと言っていたじゃないか。
 それが妊娠だなんて。じゃあ、あれは嘘だったのか……。
 久美が、翔を真っ直ぐに見ながら言った。
「翔さん。藍さんのお相手に、心当たりは?」
「……え?」
「妊娠の原因となったお相手です」

 翔は、ゆるゆると首を横に振る。
「そんな……知らないよ」
 まさか、妊娠だなんて。
「藍さんと親密にされていた方をご存知ありませんか?」
「そんなの、知らないったら!」

 取り乱す翔に、久美が静かに言う。
「どうぞ落ち着いてください。今はまだ、藍さんのことは、そっとして差し上げてください」
 しばらくの間、翔を心配そうに見つめてから、久美は部屋を出て行った。
 
 
 まさか、妊娠だなんて……。翔は、自分の体をかき抱くようにしながら考える。
 藍とするときは、いつも気をつけていたつもりだ。だが、避妊具を使っていたわけではない。
 翔と藍には、自由に買い物をすることは許されていない。必要なものは、すべて増永と久美が買い与えてくれる半面、二人に知られることなく、何かを手に入れることなど不可能だ。
 そんなことを頼める相手などいるはずもいないし、まして、避妊具など……。
 
 
 どれくらい、そうしていただろう。ふと我に返ると、紅茶はすっかり冷めてしまったようで、もう、立ち昇る湯気も、漂う香りも消えていた。
 翔は、テーブルにつかまりながら立ち上がった。藍と話をしなくては。
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