第142話 チョコレートケーキ

文字数 900文字

 その後、つわりも治まったようで、藍は毎日、明るく楽しそうに過ごしている。
 ある日、ティータイムに大広間に下りて行くと、基樹の横に、佐渡が座っていた。近づいて行く翔に、基樹が意味ありげな視線を向ける。
 その視線を追って、こちらを見た藍が、にっこり笑う。
「翔。今日は佐渡さんもお誘いしたのよ」

「お邪魔させていただいています」
 佐渡が立ち上がって、翔に向かって頭を下げた。
「はぁ……」
 翔は、困惑を隠して、藍の横に腰かける。
 藍が言う。
「佐渡さんには、いつもお世話になっているし、今は何も用事がないって言うから」
 すかさず、基樹が混ぜ返す。
「お茶を淹れるのは久美さんだけどな」
「もう! うるさいわね。久美もいいって言ったのよ。今日はおいしいお菓子があるからって」

「すいません」
 謝る佐渡に、藍が言う。
「いいのよ。私が佐渡さんとお茶を飲みたかったんだもの。
 そう言う基樹くんだって、一番下っ端なのに、いつも当たり前に久美が淹れたお茶を飲んだり、久美が作った料理を食べているじゃないの」
「まぁまぁ……」
 険悪な雰囲気になりかけ、翔は思わず身を乗り出した。
 
 場がしらけてしまったところに、久美がワゴンを押して入って来た。基樹が、ちらりと藍に目を向けてから立ち上がって、久美に声をかける。
「お手伝いします」
「あら、ありがとうございます」
 久美は、少し驚いたような顔をしながら微笑んだ。佐渡も立ち上がる。
「私もお手伝いします」

 藍が言った。
「いいのよ。佐渡さんは、今日は私が招待したんだから」
 久美もうなずく。
「えぇ。どうぞお気遣いなく」
「はぁ……」
 佐渡は、気まずそうに腰を下ろした。藍に振り回されているようで、翔は、佐渡のことが気の毒になる。
 
 
 久美が、うやうやしくテーブルに置いたのは、いつか話していたチョコレートケーキだった。
「素敵!」
 藍が歓声を上げる。
「久しぶりに作ってみました。おいしく出来ているといいんですけれど」
「久美が作ったんだもの、おいしいに決まっているわよ。翔がクリームが苦手だから、チョコにしたのね」
 藍の言葉に、久美は、黙って翔に微笑みかけた。基樹は、素知らぬ顔で紅茶を淹れている。
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