第166話 電話

文字数 981文字

 部屋に戻り、封筒からスマートフォンを取り出す。中には充電器も入っていたが、すでに充電済みだった。
 電源を入れると、やがてスマートフォンが震え始め、それはなかなか収まらなかった。数ヶ月分の通知が雪崩のように流れて来る。おもに、両親からの着信のようだ。
 ようやく震えが止まってから、おもむろに電話をかける。
 
「基樹か?」
 むこうは今、夜のはずだが、父は、すぐに出た。
「あぁ」
「大丈夫なのか?」
「あぁ」
「『あぁ』って、体は大丈夫なのか? まさか、ひどい目に遭っているんじゃないだろうな」
 思いがけない言葉に、苦笑しながら答える。
「元気にしているよ。何も問題ない」

 父は、さらに思いがけないことを言う。
「ずっと心配していたんだ。いくらしっかりしているとはいえ、高校生のお前を一人にしておくべきじゃなかったと後悔した」
 へぇ。そんなふうに思っていたのか。そう思い、黙っていると、父が言った。
「おい、聞いているのか?」
「あぁ、聞いてるよ」


 去年の秋の終わりごろ、父は何度も基樹に連絡しようとしたのだという。だが、一向に連絡はつかず、やむを得ず、元妻、つまり今では別の相手と再婚している基樹の母親に連絡した。
 元妻に、マンションまで行ってもらったのだが、管理人に頼んで中に入ったところ、基樹は、長く部屋に戻っていないようだと言う。
 それで、学校に連絡したところ、基樹が、すでに自主退学していることがわかった。これはただ事ではないと思い、急遽日本に帰って来て、警察に捜索願を出したのだった。
 
「初めは、すぐに見つかると思ったんだ。ただの家出みたいなことだろうと。だが、いつまで経っても警察から連絡はないし、お前からも連絡はないし、最悪の事態も考えた」
 つまり、死んでいるかもしれない、と? だが、基樹は思う。連絡などあるはずがない。
 そもそも退学届は教団が出したものだし、捜索願が出されることも想定内だったに違いない。捜索願は、教団内の警察関係者によって、うまく処理されたのだろう。
 
「それが、ここに来て、急に警察から連絡があって。なんとかいうカルト教団が解散して、アンダーグラウンドでは、ずいぶんと話題になっているらしいが、そんなことは、聞かされるまで、俺はまったく知らなかった。
 なんでそんな話をするのかと思ったら、お前が教団に入っていたって聞いて、本当にびっくりしたよ」
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