第54話 本当の気持ち

文字数 1,372文字

 だが、基樹は微笑んだ。
「しないよ。ただ、妬ける」
「あぁ……」
 結局、また泣いてしまった。泣きながら、必死に言いつのる。
 「でも、もう終わったことだよ。今はもう、そういう関係じゃない。藍には、別に好きな人が……」
 
 基樹が、翔の涙をぬぐいながら言った。
「それって、もしかして鮎川のことか?」
「あ……」
 基樹がくすくす笑う。
「図星だな。本当に、翔は嘘がつけないんだな。そういうところがかわいいけど」

 それから、表情を引き締めて言った。
「鮎川が失踪したのって、それと関係があるんじゃないのか?」
「そんなこと、僕の口からは言えない」
 基樹が、再び笑い始める。
「だから、それじゃ肯定してるのと同じだって」

 基樹が、翔の頬をつまみながら言う。
「わかりやすいやつだな」
「じゃあ……」
 翔は、ふと不安になる。
「藍とのこと、増永たちにも気づかれていたかな」

「それは、どうだろう……」
 基樹は、翔の頭上の辺りにぼんやりと目をやる。
「俺は、昨日からずっと、そういう目でお前たちを見ていたからな。普通は、二人っきりの双子の兄妹が仲良くしていても、それほど違和感を持たないんじゃないか?」
「……そう、かな」
 そして、再び不安になる。
「じゃあ、今の、基樹とのことは?」

 まだ、翔の頬をつまんだまま、基樹が言う。
「俺たちが、セックスしたってこと?」
 恥ずかしくなって、頬が熱くなる。
「そこまで具体的じゃなくても、つまり、僕の基樹に対する気持ちとか……」
 すると、基樹がこともなげに言った。
「それは、もうバレてるだろ」
「えっ?」

 基樹は、プニプニと翔の頬の肉をもてあそびながら言う。
「好きじゃなかったら、怪我をしてヘロヘロになりながら、いくつもの難関をくぐり抜けて会いに来たりしないだろ?」
「……それは、そう、かな」
 言われてみれば、そうかもしれない。自分の気持ちもわからないまま、がむしゃらに会いに行った自分は馬鹿なのか……。
「じゃあ基樹も、あのときから僕の気持ちに気づいていたの?」

 基樹は、翔の頬から指を離して、翔の体を抱き寄せた。
「今から思えば、そうだったのかもな」
 なんだ。はっきり気づいていたわけじゃないのか。そう思いながら、基樹の胸に顔をうずめる。
 照れくさいような、うれしいような、なんとも言い表しようのない気持ちだ。そもそも、こんなことになって、基樹の腕の中にいること自体、自分でもまだ信じられない。
 信じられないけれど、今、基樹のことがたまらなく好きだと思う。
 
 翔は、基樹の胸に向かって問いかける。
「でも、これからみんなの前で、どうすればいいのか……」
「今まで通りでいいんじゃないか? 変によそよそしくすることもないけど、かと言って、これ見よがしにいちゃついて見せても、誰も得しないからな」
「そうか……」
 自分は世間知らずだと痛感する。自分の気持ちばかりか、人の気持ちも、人からどう見られているのかも、全然わかっていない。
 
 物思いに沈んでいると、頭の上で基樹が言った。
「そんなことより、さっきから胸に息がかかって、めっちゃ感じるんだけど」
 そして、翔をあお向けにして、上からじっと見下ろす。
「今度は、違うやり方でする?」
「え……」
 翔は戸惑う。基樹との初めての行為は、恥ずかしさと苦痛しかなかった。
「大丈夫だ。今度は、うんと気持ちよくさせてやるから」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み