第10話 ネグリジェ

文字数 1,243文字

 藍が、さっそく帰りの車の中で切り出すと、増永が、静かな口調で尋ねた。
「それは、翔さんもご一緒になさるのですか?」
「いいえ。私だけよ」
 増永が言った。
「それでは、こうしましょう。放課後のお手伝いは、一時間以内としてください。
 翔さんは、今まで通りの時間に家までお送りし、折り返し藍さんをお迎えに上がります。もしも一時間を超えることがあれば、その時点でお手伝いは終了ということで」
 
 藍に反論してほしかった。
――一時間なんて短過ぎるわ。それじゃ何も出来ないじゃない。
――それでは許可しかねます。どうぞ先生にはお断りくださいますよう。
 そんな展開を期待していたのだが。
 
 藍は、嬉々として言った。
「わかったわ。『お父さま』には手間をかけるけれど」
「お気遣いには及びません」
 翔の気持ちを置き去りにしたまま、車は、森へ向かう曲がり角を左折する。
 
 
 後から翔は、このときのことを繰り返し後悔することになる。
 あのとき、なぜ自分は一言も発しなかったのだろう。自分は賛成出来ないとか、そうでなくても、せめて自分も同席すると主張するべきだった。
 そうすれば、あんな痛ましい事態に陥ることはなかったかもしれない。少なくとも、あそこまでひどいことには……。
 
 
 その日の夕食の後、部屋に戻る階段の途中で、後ろから上がって来た藍が、翔の手を握った。立ち止まって振り返ると、手をつないだまま隣に並んで、藍が言った。
「後で、私の部屋に来て」
「うん……」
 藍は微笑むと、そっと手を離し、階段を上って行った。波打つ髪に呼応するように、スカートの柔らかい生地が揺れる。
 
 
 シャワーを浴びて、パジャマに着替えた後、翔は、藍の部屋に向かうために廊下に出た。この時間、増永や久美と行き合うことはまずないが、それでも、万が一見られたら、言い訳が面倒だ。翔は、左右を見渡してから、足早に廊下を行く。

「藍」
 声をかけながらノックすると、すぐにドアが開いた。白いコットンのネグリジェを着た藍が迎え入れてくれる。
 素早く中に入ってドアを閉めると、藍が抱きついて来た。甘い香りに包まれながら、翔は、藍の顎を持ち上げてキスする。
 柔らかい唇の奥を味わおうとした瞬間、藍の唇が離れた。翔は、軽いショックと失望を感じたが、藍は、翔の手を引く。
「こっち」

 藍に導かれるまま、折り重なるように、ベッドに倒れ込む。翔は、藍を組み敷いて、もう一度唇を重ねる。
 今度は素直に、藍は翔の舌を受け入れてくれた。頭の隅で、言いたいことがあったのをちらりと思い出したが、藍の口の中を味わうことに夢中になって、すぐに忘れてしまった。
 
 
 ネグリジェのボタンを外そうとして手間取っていると、藍が、その手をそっと押さえた。
「自分でするわ」
 わきによけると、上体を起こした藍が、細い指でするするとボタンを外していく。小さなショーツだけを着けた華奢な体があらわになる。
 藍が、ネグリジェを脱ぎ捨てて言った。
「翔も脱いで」
 そして、翔のパジャマのボタンに手をかける。
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