第58話 屋上

文字数 684文字

 先にエレベーターを降りた基樹と藍は、立ち止まって屋上を見回している。後から降りた翔は、その光景に軽いショックを受けた。
 がらんとした屋上は、想像していたほど広くなく、コンクリートの高い塀で囲まれていて、四角く切り取られた空しか見えない。
 増永が、エレベーターを降りないまま言った。
「後ほどお迎えにあがりますので、それまでゆっくりお過ごしください」

 増永が降りて行った後、藍が、吐き捨てるように言った。
「ゆっくりお過ごしくださいって、こんなところでどう過ごせっていうのよ」
 基樹も言う。
「やっと外の景色が見られるかと思ったんだけどな」
「本当、がっかりよ」


 仕方がないので、塀の一角に寄せて置いてある古びたベンチに、三人並んで腰を下ろした。翔は、二人に少し遅れて左端に座る。
 空を見上げると、太陽に目を射られた。たしかに天気はいいけれど……。
 藍は、もう部屋に帰りたいと言って、実際、帰ろうとしたのだが、恐ろしいことに、エレベーターは、屋上からは操出来ないようになっていた。
「これじゃ、もしも誰も迎えに来なかったら、私たち、ここから永遠に出られないじゃないの!」

 それきり誰も口を聞かず、長い時間、ぼんやりとベンチに座っていた。
 翔は、何度も基樹の肩に寄りかかりたくなるのをこらえた。基樹に言われたからでもないが、やはり、藍の前で親密な態度を取るのは、はばかられる。
 少し肌寒くなり、心細くなって来た頃、増永が上がって来た。
「お時間です」
 増永の言葉に、三人は、のろのろとエレベーターの中に入る。
「少しはリフレッシュされましたか?」
 彼の問いかけに答える者はいなかった。
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