第43話 夕食

文字数 995文字

 夕食も、翔の部屋で三人で取った。食事をしている間に、早くも久美が、基樹のパジャマや替えの下着を持って来た。
「今夜は、これに着替えてお休みになってください」
 基樹が、フォークでパスタを口に運びかけた手を止めて言う。
「あっ、どうも」

 久美は、それらをソファに置くと、翔に向かって言った。
「お薬、忘れずにお飲みになってくださいね。それでは、みなさんごゆっくりどうぞ」


 久美が出て行くのを待って、基樹が言った。
「なんだかホテルみたいだな」
 藍が尋ねる。
「久美のこと? それとも、この洋館のこと?」
「どっちもだよ。なんだか日本にいる気がしない」
 そう言って基樹は、パスタを頬張った。
 
 藍が、翔を見て言った。
「さっきから全然食べていないけど、大丈夫?」
「あぁ、うん。お腹が空いていないんだよ」
 翔は、スープに少し口をつけただけで、あとはただ、基樹と藍の会話に耳を傾けていた。
「翔は、体調を崩すと食べられなくなる質なのよね。それに、ショックなことがあったときも」

「藍だってそうだろ?」
 だが、藍は反論する。
「私は翔ほどじゃないわよ」
 なんだか、ひどい弱虫だと言われているようで面白くないが、図星なので、何も言えない。
「二人とも繊細なんだな」
 そう言って、基樹はグラスの水を飲み干した。たった半日前に、突然思いがけない事態に巻き込まれたばかりの彼は、早くも料理を完食したようだ。
 
 
 結局、フルーツだけを食べて薬を飲むと、再びベッドに入った。明日はここを発たなければならないのだから、少しでも体調が回復するといいのだが。
 物心がついたときから、藍と二人、この要塞のような洋館に閉じ込められて暮らして来た。ここから飛び立ち、自由になることを、何度も夢想したものだったが、二度と戻ることがないと思うと、急に名残り惜しくなるから不思議だ。
 
 バス、トイレ、ウォークインクローゼットのある20畳ほどの部屋には、ベッド、机、ダイニングテーブル、ソファが配置され、ファブリックや壁紙はブルーグレーで統一されている。
 同じ間取りの藍の部屋の色は、ペールピンクだ。二人は長年この部屋で暮らし、ときにはお互いの部屋を行き来し、体を重ね、激しく愛し合ったこともあったけれど、すべてはもう、過去のことだ。
 いつか大人になって、この洋館や、二人だけの時間を懐かしく思う日が来るのだろうか。自分たちに、未来はあるのだろうか……。
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