第24話 更衣室

文字数 918文字

 藍は、ずっと学校に行っていない。部屋から出て来ることもない。
 翔も、あの夕方以来、藍と顔を合わせていないし、部屋を訪ねることもしていない。藍のことは、常に頭の中にあるし、とても心配だけれど、こちらから話しかける気になれないのだ。
 自分と体を重ねながら、鮎川とも同じことをしていたのかと思うと、怒りと悲しみでどうにかなりそうで、とても冷静でいられない。
 
 藍は、あんなに切なげにすすり泣きながら、心の中では鮎川を思っていたのか。熱く汗ばんだ体を震わせながら、鮎川を感じていたのか。
 そう思うと、苦しくて、寂しくて、どうしていいかわからなくなる。
 僕はずっと、藍だけを深く強く愛していたのに。裏切られていたと知った今でも、藍のことが好きでたまらないのに……。
 
 いっそ、藍を憎むことが出来たならば、少しは気持ちが軽くなるかもしれないと思う。でも、そんなことは無理だ。
 僕には藍しかいない。そんなに簡単に気持ちを切り替えることなんて出来ない。
 たとえもう、藍の気持ちが自分から離れてしまったのだとしても……。
 
 
「見学していたほうがいいんじゃないか?」
 並んで着替えながら、藤崎が、翔を見下ろすようにして言う。次の時間は体育の授業で、更衣室で体操着に着替えている最中だ。
 普段はあまり気にしていないが、制服を脱いで、長身で筋肉質の、いかにもスポーツマンらしい体つきの藤崎と並ぶと、痩せて生白い自分の体が、やけに貧相に見える。
 
「大丈夫だよ」
 翔は、ワイシャツをたたみながら答える。以前にも増して痩せてしまった翔のことを、藤崎は心配してくれているらしい。でも、
「別に病気じゃないんだから」
 そう。別に体を病んでいるわけじゃない。ただ心が傷ついていて、それがなかなか回復しないだけだ。
 
 藤崎が、ふと思い出したように言う。
「そう言えば、お前の妹も、ずっと学校に来ていないんじゃないか?」
 翔は、心の中で舌打ちをする。こいつ、なんでそんなに目ざといんだ。
「病気なのか?」
 翔は、さらにあれこれ聞かれる前に、藤崎の顔を真っ直ぐに見て言った。
「そんなこと、君に関係ないだろ」
 藤崎が、うろたえたように、目をぱちぱちさせる。
「そりゃあまぁ、そうだけど」
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