第169話 将来

文字数 758文字

 基樹は、佐渡を通じて、野本に財団で働きたいという希望を伝えた。野本の返答は、高校を卒業し、その後も、専門的な知識を身に着けるため、しかるべき勉強をした上でという条件付きだった。
 
 三人で勉強室にいるときに、基樹が言った。
「そのつもりがあるなら、高校に復学出来るよう取り計らってくれるそうだ。一年遅れにはなるけど、それでいいと思っている。
 二人は、今後どうするつもりなんだ?」
 
 藍が答える。
「私も、きちんと高校を卒業して、出来れば大学にも行きたいと思っているけれど、まずはこの子を産んでからね」
 そう言いながら、ふっくらとした腹部をさする。基樹がこちらを向いた。
「翔はどうだ?」

「僕は……」
 言いかけて、思わずうつむく。基樹も藍も、将来のことを考えているが、自分はどうだろう。
 正直なところ、この閉ざされた場所での暮らしが嫌いではないし、窮屈だと感じてもいない。基樹と藍、それに久美たちに囲まれた静かな生活は、自分に安らぎをもたらしている。
 ここでの生活にすっかり慣れてしまい、今となっては、外の世界に出るのが怖いのだ。
 
 翔の心情を察したのか、基樹が言った。
「まぁ、どうしても高校に通わなくちゃいけないってこともない。自主的に勉強して、高卒認定試験を受けるっていう手もあるしな」
「そうか……」
 それから大学を受験してもいいのか。それまでには、こんな自分にもやりたいことが見つかるだろうか。
 
 藍が微笑んだ。
「大丈夫よ。焦らなくても、考える時間はたくさんあるわ」
 基樹も言う。
「そうだよ。何も心配いらない。俺たちもついているしな」
 二人して、翔を慰めてくれている。話をしただけで、すぐに不安になり、それを隠すことも出来ない自分が恥ずかしい。
 二人とも、そんな翔の性格を熟知して、受け止めてくれることはありがたいが。
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