第9話 お手伝い
文字数 1,123文字
数日後の放課後、図書準備室に行くと、思いがけず、中から話し声が聞こえた。いぶかしく思いながら入って行くと、いつも翔が使っている椅子に、鮎川が座っていて、藍と談笑している。
「翔」
藍が声を上げると、鮎川もこちらを見た。たった今まで藍に向けていた笑顔を残したまま。
ただ立ち尽くす翔に、藍が笑顔で言う。
「私、先生の論文のお手伝いをすることになったのよ」
「……論文?」
鮎川が、藍の後を引き継ぐ。
「僕はずっと万葉集の研究をしていてね。今、論文を書く準備を進めているところなんだ」
「資料の整理や何かをお手伝いするの」
鮎川とは、図書室の出口で左右に別れた。職員室に向かう鮎川の背中を見送った後、二人は玄関に向かって歩き出す。
「ねぇ、お手伝いって……」
翔は、肩を並べて歩く藍に問いかける。どうも釈然としない。
「鮎川先生は、教職を務めながら、博士号の取得を目指しているのよ。現状に甘んじない姿勢が素晴らしいと思って、私のほうからお手伝いさせてくださいって申し出たの」
「でも……」
藍が、こちらに顔を向ける。
「でも、何?」
「手伝うって、いつ?」
「それは、お昼休みとか、放課後になるわね。これからは、少し帰りが遅くなるかもしれないけれど」
翔は言う。
「増永が許すかな」
増永には、生徒たちと親しくしないようにきつく言われているのだ。それは、教師でも同じだろう。
まして、帰りが遅くなるなど……。
藍は、前を向いてすたすたと歩きながら言う。
「これは私のためでもあるのよ。私も古典文学や和歌に興味があるの。
私もこれから勉強して、将来は大学で本格的に学びたいわ」
藍も、翔と同じで、運動よりは勉強が得意なタイプだ。だが、古典文学に興味があるとは知らなかった。
むしろ、理数系が好きなのかと思っていたのだが。
階段を下りると、玄関はもうすぐだ。藍は、さらに続ける。
「増永には、私から話すわ。私たちはこのまま大学まで進むことになっているんだもの。
勉強の目標が出来たんだから、増永もわかってくれると思うわ」
玄関に着き、二人は、それぞれのクラスの下駄箱に別れる。自分の革靴を取り出しながら、翔は考える。
果たしてそうだろうか。いくら勉強のためとはいえ、誰かと親しく交流するのは、自分たちにとって好ましくないことだ。
初めは些細なことだと思っていても、それが糸口となって、やがて、どんな事態に陥るかわからない。そんな危険を冒すことを、増永が許すはずがない。
いや、本音を言えば、許してほしくない。翔は、藍が、鮎川と微笑みを交わしながら話しているのを見たときの、胸の痛みを思う。
藍には、自分以外の誰かに、あんな表情を見せてほしくない。あの笑顔は、僕だけの……。
「翔」
藍が声を上げると、鮎川もこちらを見た。たった今まで藍に向けていた笑顔を残したまま。
ただ立ち尽くす翔に、藍が笑顔で言う。
「私、先生の論文のお手伝いをすることになったのよ」
「……論文?」
鮎川が、藍の後を引き継ぐ。
「僕はずっと万葉集の研究をしていてね。今、論文を書く準備を進めているところなんだ」
「資料の整理や何かをお手伝いするの」
鮎川とは、図書室の出口で左右に別れた。職員室に向かう鮎川の背中を見送った後、二人は玄関に向かって歩き出す。
「ねぇ、お手伝いって……」
翔は、肩を並べて歩く藍に問いかける。どうも釈然としない。
「鮎川先生は、教職を務めながら、博士号の取得を目指しているのよ。現状に甘んじない姿勢が素晴らしいと思って、私のほうからお手伝いさせてくださいって申し出たの」
「でも……」
藍が、こちらに顔を向ける。
「でも、何?」
「手伝うって、いつ?」
「それは、お昼休みとか、放課後になるわね。これからは、少し帰りが遅くなるかもしれないけれど」
翔は言う。
「増永が許すかな」
増永には、生徒たちと親しくしないようにきつく言われているのだ。それは、教師でも同じだろう。
まして、帰りが遅くなるなど……。
藍は、前を向いてすたすたと歩きながら言う。
「これは私のためでもあるのよ。私も古典文学や和歌に興味があるの。
私もこれから勉強して、将来は大学で本格的に学びたいわ」
藍も、翔と同じで、運動よりは勉強が得意なタイプだ。だが、古典文学に興味があるとは知らなかった。
むしろ、理数系が好きなのかと思っていたのだが。
階段を下りると、玄関はもうすぐだ。藍は、さらに続ける。
「増永には、私から話すわ。私たちはこのまま大学まで進むことになっているんだもの。
勉強の目標が出来たんだから、増永もわかってくれると思うわ」
玄関に着き、二人は、それぞれのクラスの下駄箱に別れる。自分の革靴を取り出しながら、翔は考える。
果たしてそうだろうか。いくら勉強のためとはいえ、誰かと親しく交流するのは、自分たちにとって好ましくないことだ。
初めは些細なことだと思っていても、それが糸口となって、やがて、どんな事態に陥るかわからない。そんな危険を冒すことを、増永が許すはずがない。
いや、本音を言えば、許してほしくない。翔は、藍が、鮎川と微笑みを交わしながら話しているのを見たときの、胸の痛みを思う。
藍には、自分以外の誰かに、あんな表情を見せてほしくない。あの笑顔は、僕だけの……。