第132話 赤ちゃん

文字数 802文字

「私の一存ではなんとも……」
 久美は、困惑の表情を浮かべている。冷めきってしまった朝食を食べた後、食器を下げに来た久美に、さっそく藍が言ったのだ。
「私、やっぱりお母さんになりたいの。赤ちゃんを産んで、ここで育てるわ。
 これだけは絶対にゆずれない。日本支部だろうと教祖だろうと、私の考えを変えることは出来ないわ。
 もしもそれが、教祖の娘としてふさわしくないと言うなら、追い出してくれてかまわない。一人でも、赤ちゃんを育ててみせるわ」
 
 すかさず、翔も言い添える。
「僕も、藍には、ここで赤ちゃんを育ててほしいと思っている。出来ることはなんでも協力するから」
 基樹も言う。
「俺も、同じ気持ちです」
 三人に詰め寄られて、久美は、しばらくの間固まっていたが、やがて、小さくため息をついてから言った。
「上層部に話してみますが、あまり期待しないでください」


 気持ちが固まったせいか、藍は落ち着きを取り戻したようだ。以前のように明るくなり、笑顔も見せてくれるようになった。
「赤ちゃんにとって、恥ずかしくないお母さんにならなくちゃ」
 そう言って、勉強も再開した。
 
 久しぶりに、三人そろってパソコンに向かったときに、藍が言った。
「二人はもう、たくさん勉強した?」
「そうでもないよ。ときどき、さぼることもあるし」
「もう、厳しく監視する増永がいないものね……」
 しんみりする藍の声を打ち消すように、基樹が言った。
「翔はともかく、俺はサッパリだよ。なぁ、俺に限っては、マジで勉強は必要ないんじゃないかな」

「そんなことないわよ。基樹くんこそ、今後、いつどこで知識が役に立つかわからないわよ。
 たとえば、ピンチに陥ったときとか……」
「ピンチってなんだよ。急に増永さんみたいなこと言って」
「そうだわ。なんなら、佐渡さんにチェックしてもったら? 基樹くんが、どうしても勉強する気が起きないならの話だけど」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み