第115話 話

文字数 723文字

 朝食も和食だった。味噌汁やキュウリの漬物はおいしかったのだが、申し訳ないと思いつつ、納豆と焼き鮭は残してしまった。それを見た陸人が言う。
「すいません。こんなの、藍さんのお口には合いませんよね」
「いいえ。そんなことはないけれど、朝はいつもパンだったから」
 すると、陸人が勢い込んで言った。
「明日からはパンにします! あっ、いえ、明日も藍さんが、ここにいればの話ですけど……」

 藍は、居ずまいを正す。
「お二人にお話があります」
 二人が、藍に注目する。藍は、思い切って言った。
「私をここに置いてください」
「えっ?」
 真佐が、目を丸くして藍の顔を見る。陸人も、自分で藍を連れて来たくせに、驚いた顔をしている。
「私、あの屋敷には帰りたくないの」

「ちょっと待って。あなた、自分の言っていることがわかっている?」
 藍の顔をのぞき込むようにして言う真佐に、言葉を返す。
「もちろんです。私はずっと、窮屈な世界から逃げ出したいと思っていました。あの場所にも、教祖の娘として生きて行くことにも未練はありません」
 本当は、翔が恋しいし、出来ることならばその胸に飛び込みたいけれど、彼の心は、もう基樹のものだ。胸の中でそう思いながら、藍は、陸人の顔を見て言った。
「あなたのせいよ。責任取ってちょうだい」

 二人とも困惑している。ずるい言い方なのもわかっている。
 でも、もしも陸人が反対派に知らせることなく、予定通りに病院に運ばれていたならば、藍は回復とともに屋敷に戻り、こんな気持ちを抱くことも、増永が命を落とすこともなかったのだ。
 それに、藍が何を言おうとも、陸人が許される保証はない。翔と藍は、あくまで象徴としての存在であって、権力も発言権もあるわけではないのだから。
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