第101話 二人きり

文字数 1,215文字

 昼食を食べ終わると、基樹が、空いた食器をワゴンに載せ始めた。翔が自分の使った食器を手に取って立ち上がろうとすると、すかさず基樹が言った。
「俺がやるからいいよ。翔はゆっくりしていてくれ」
「そういうわけにはいかないよ。僕も手伝う」
 基樹が微笑む。
「食器洗浄機に入れるだけだよ。俺一人で十分だ」
「うん……」

 だが、基樹がダイニングルームを出ると、翔も後からついて行った。そんな心配はないとわかっているが、一人になるのが、少し怖い。
 キッチンに入ったのは初めてだ。今まで、入ろうと思ったことも、気にしたこともなかった。
 洋館にいたときからずっと、深く考えもせず、出された料理を当たり前に食べて来たのだ。つくづく、自分は甘いと思う。
 
 
 キッチンは広く清潔で、、調理スペースには、巨大な冷蔵庫やオーブンが並んでいる。食材を直接運び入れるための出入り口や、パントリーもあり、翔は、それらをきょろきょろと見回した。
 そうしている間にも、基樹は、手慣れた様子で食器洗浄機に食器を入れてセットする。それから、翔のほうを向いて、腰に手を当てて言った。
「さて」

 翔は、基樹の顔を見つめる。
「この屋敷の防犯システムは鉄壁だから、こちらから人を招き入れさえしなければ、それほど心配することはないと思う。敷地の周りも、信者がパトロールしているしな。
 でも、久美さんが、藍と一緒に戻って来るまでには何日かかかるかもしれないから、その間、気を引き締めていこうぜ」
「うん……」
 神妙に答える翔に、基樹が、にやりとしながら言った。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。いつも通りに過ごせばいいだけだよ。
 いや、二人きりだから、いつも以上にいちゃいちゃ出来るな」


 自分は本当に馬鹿だと、翔は思う。今までだって、ずっと翔と藍は、危険と隣り合わせに生きて来たのだ。
 増永たちにも、しつこいくらいに言い聞かされて来たではないか。それでも二人が、ずっと何事もなく暮らして来られたのは、増永と久美をはじめ、多くの信者たちに守られ、金銭的にも支援され続けて来たおかげなのだ。
 
 洋館で翔が襲われたが、あのときも、増永が駆けつけてくれ、その後も、二人を守るために多くの信者たちに手を尽くしてもらい、今の生活につながっている。
 そうでなければ、路頭に迷い、とっくに命を落としていたかもしれないのに、感謝するどころか、不満ばかり持って、自分の境遇を呪ってさえいた。
 それを、こうして安全な場所にいながら、今さら怖がったりするのは、本当に馬鹿げている。
 
 そうは思うものの、やはり心細かったので、ずっと基樹のそばにいて、夜も、翔の部屋で一緒に寝てもらった。いつも以上にいちゃいちゃ出来るなどと言っていた基樹も、彼なりに緊張しているようで、翔の体を求めることもなく、ただ寄り添っていてくれた。
 結局、久美の留守中に何かが起こることはなかったが、翔は不安な気持ちのまま、久美と藍の帰りを待った。
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