第22話 自習
文字数 1,204文字
その日は、翔も学校を休んだ。日頃、よほどのことがなければ休むことを許されないのだが、増永が車を出すことが出来なかったからだ。
学校には、久美が、体調不良で休むと連絡したらしい。
藍を探し続けていた増永は、森の奥で、意識を失って倒れている藍を発見した。藍は、ネグリジェのままで、裸足だった。
医者が呼ばれた。医者が診察し、治療を施す間、翔は、藍の部屋に入ることを許されなかった。
藍のお腹の中に芽生えた命は、流れた。
夕方になって、翔は、藍の部屋を訪ねた。ドアの外から声をかける。
「藍。……入るよ」
入って行くと、藍はベッドで、こちらに背を向けて横たわっていた。
「藍。具合は、どう?」
だが、藍は、向こうを向いたまま答えてくれない。
「藍」
顔を見せて。そう言おうとした翔に、藍が言った。
「一人にさせて」
「え?」
「今は、何も話したくないの」
「……わかった」
それ以上、何も言えず、翔は部屋を出た。
確かに、今は話が出来る精神状態ではないのだろう。子供が流れたことはショックだろうし、肉体的にも辛いはずだ。
藍のために何かしたいと思ったが、今は、そっとしておくしかないのかもしれない。それに……。
翔は、苦い思いを噛みしめる。今、藍が求めているのは、自分ではなく、鮎川なのではないか……。
よく眠れず、食事もろくに出来ないまま、翌日、翔は学校に行った。授業を受けられる気分ではないが、部屋で悶々としているのもいやだったし、そうでなくても、増永が休むことを許さないだろう。
教室に入って行くと、挨拶もないまま、いきなり藤崎が言った。
「まだ休んでいたほうがよかったんじゃないか?」
「え?」
一瞬、考えた後、昨日、自分が病欠したことになっているのを思い出した。
「ひどい顔色だ。それに、ずいぶんやつれて見えるけど」
翔の変化に目ざとい藤崎が煩わしい。
「気のせいだろ。なんでもないよ」
翔は、顔を背けながら、そう言った。そんなことよりも、気がかりなことがある。
それどころではなくて、時間割のことなど忘れていたが、今日は一時間目から古典の授業なのだ。
いきなり鮎川と顔を合わせて、冷静でいられる自信がないし、それよりも、あんなやつの顔など見たくない。
だが、始業のチャイムとともに教室に入って来たのは、副担任の女性教師だった。教室内が、ざわつく。
女性教師が、眼鏡の位置を直しながら言った。
「この時間は、鮎川先生のご都合により、自習になりました。これからプリントを配ります。
古典の文章が書かれていますから、現代語訳してください」
生徒たちは、にわかに騒がしくなり、口々に不満を言う。女性教師が、タンタンと教壇を叩いて言った。
「静かに。よそのクラスに迷惑ですよ。授業の終わりに提出してもらいますからね。おしゃべりしている暇はありませんよ」
とりあえず、鮎川の顔を見なくて済むことに、翔はほっとした。
学校には、久美が、体調不良で休むと連絡したらしい。
藍を探し続けていた増永は、森の奥で、意識を失って倒れている藍を発見した。藍は、ネグリジェのままで、裸足だった。
医者が呼ばれた。医者が診察し、治療を施す間、翔は、藍の部屋に入ることを許されなかった。
藍のお腹の中に芽生えた命は、流れた。
夕方になって、翔は、藍の部屋を訪ねた。ドアの外から声をかける。
「藍。……入るよ」
入って行くと、藍はベッドで、こちらに背を向けて横たわっていた。
「藍。具合は、どう?」
だが、藍は、向こうを向いたまま答えてくれない。
「藍」
顔を見せて。そう言おうとした翔に、藍が言った。
「一人にさせて」
「え?」
「今は、何も話したくないの」
「……わかった」
それ以上、何も言えず、翔は部屋を出た。
確かに、今は話が出来る精神状態ではないのだろう。子供が流れたことはショックだろうし、肉体的にも辛いはずだ。
藍のために何かしたいと思ったが、今は、そっとしておくしかないのかもしれない。それに……。
翔は、苦い思いを噛みしめる。今、藍が求めているのは、自分ではなく、鮎川なのではないか……。
よく眠れず、食事もろくに出来ないまま、翌日、翔は学校に行った。授業を受けられる気分ではないが、部屋で悶々としているのもいやだったし、そうでなくても、増永が休むことを許さないだろう。
教室に入って行くと、挨拶もないまま、いきなり藤崎が言った。
「まだ休んでいたほうがよかったんじゃないか?」
「え?」
一瞬、考えた後、昨日、自分が病欠したことになっているのを思い出した。
「ひどい顔色だ。それに、ずいぶんやつれて見えるけど」
翔の変化に目ざとい藤崎が煩わしい。
「気のせいだろ。なんでもないよ」
翔は、顔を背けながら、そう言った。そんなことよりも、気がかりなことがある。
それどころではなくて、時間割のことなど忘れていたが、今日は一時間目から古典の授業なのだ。
いきなり鮎川と顔を合わせて、冷静でいられる自信がないし、それよりも、あんなやつの顔など見たくない。
だが、始業のチャイムとともに教室に入って来たのは、副担任の女性教師だった。教室内が、ざわつく。
女性教師が、眼鏡の位置を直しながら言った。
「この時間は、鮎川先生のご都合により、自習になりました。これからプリントを配ります。
古典の文章が書かれていますから、現代語訳してください」
生徒たちは、にわかに騒がしくなり、口々に不満を言う。女性教師が、タンタンと教壇を叩いて言った。
「静かに。よそのクラスに迷惑ですよ。授業の終わりに提出してもらいますからね。おしゃべりしている暇はありませんよ」
とりあえず、鮎川の顔を見なくて済むことに、翔はほっとした。