第171話 インターフォン

文字数 1,110文字

 その日は、朝から雨が降っていた。いつになく肌寒く、しとしとと静かに降り続く雨は、秋の気配を運んで来たようだ。
 翔は、基樹の部屋にいた。さっきから基樹は、例の運動器具で腹筋運動を続けている。
 それを見ながら、初めは回数を数えていたのだが、途中であきらめた。いったいいつまで続けるのか……。
 
 服の外からではわからないが、基樹のしなやかな腹筋は引き締まり、六つに割れている。それに比べ、痩せて貧弱な自分の体が恥ずかしくて、翔も一時は筋トレをしようとしたのだが、すぐに挫折した。
 基樹には、今のままでいいと言われたが、何一つ成し遂げられない自分が情けない。
 
 基樹を見つめながら、密かに自己嫌悪に陥っていると、器具がきしむ音と、基樹の息遣いの間に、インターフォンが鳴った。
 基樹は動きを止め、翔の顔を見てから、立って行って受話器を取った。
「はい。……えぇ、ここに。……えっ!?
 驚きの表情を浮かべながら、基樹が声を上げた。
 
「はい。わかりました」
 インターフォンを切って、こちらを見て言う。
「久美さんだ。ミスター・グレインが、今ログハウスにいるそうだ。これから、ここに来るって」
「えっ!?
 ミスター・グレインとは、翔と藍の父親のことだ。教祖でなくなった今、彼はそう呼ばれている。
 
 
 あわてて部屋から出て、連れ立って階段に向かうと、ちょうど藍が下りて来たところだった。かばうように、腹部に手を当てている。
「足元に気をつけて」
 思わずそう言うと、藍は微笑んだ。
「ありがとう。ねぇ、久美に聞いた?」
「うん。今から来るって」
 手すりにつかまり、ゆっくりと階段を下りながら、藍が言う。
「ずいぶん急よね。いつもそうだけど、前もって言ってくれればいいのに」

 藍の歩調に合わせて下りて行くと、久美が、玄関を開けて外に出て行くのが見えた。三人は、顔を見合わせる。
「もう着いたのかしら」
「俺たちも行こう」
 基樹を先頭に、ぞろぞろと玄関に向かう。
 
 ドアを開けた基樹に続いて外に出ると、ちょうど玄関ポーチの前に車が停まったところだった。控えていた佐渡が、近づいて後部座席のドアを開けると、スポーツメーカーのロゴが入ったTシャツにデニムの白人男性が降り立った。
「オー!」
 居並ぶ翔たちを見て、笑顔で声を上げる。運転席から、スーツを着た野本が降り、こちらに向かって頭を下げた。
 
 グレインは、大股で近づいて来ると、翔、藍、基樹の順に、次々とハグする。
――みんな元気そうじゃないか。藍、お腹が大きくなったね。いつ生まれるんだい?
「予定日は、来年の初め頃よ」
 久美が言った。
「ようこそいらっしゃいました、ミスター・グレイン。どうぞ中へ。野本さんも」
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