第64話 バスケットボール

文字数 802文字

 基樹が言う。
「塀を超えて、ボールが飛び出るとまずいってことか。ボールにSOSのメッセージを書いて、塀の外に投げるとでも思ったのかな」
「どうしても、私たちがここにいることを知られたくないのね」
 それは、三人の身の安全を守るためでもあるのかもしれないが、いい気持ちはしない。翔は思う。自分たちは、まるでケージに閉じ込められた小鳥のようだ。
 
 それでも基樹は、カゴに入っているボールを一つ取り出すと、ドリブルして近づき、ゴールに向かってシュートした。ボールは、するりとゴールに吸い込まれた後、バウンドして転がって行き、塀に当たって止まった。
 基樹が振り返って言った。
「二人もやってみろよ」

 藍がボールを取って、トントンとつきながら歩き出す。ゴールの下まで行って両手で投げると、ボールはボードに当たって跳ね返った。
「あ! だめだわ」
 ボールを拾った基樹が、藍に投げ返す。
「もう一度」
 狙いを定めて投げると、今度はなんとか入った。髪をなびかせて振り向きながら、藍が笑い声を上げる。
 
「翔」
 名前を呼ばれ、そちらを見ると、基樹がボールを投げて来た。反射的に受け取る。
「翔もやってみろよ」
「うん……」
 球技は苦手なのだが、やるしかないだろう。体育の授業で試合をするときは、いつもコートの端をうろうろしていただけだったので、ボールを触るのは久しぶりだ。
 
 ドリブルしながら歩き出すと、藍が両手を広げて、前に立ちはだかった。
「入れさせないわよ」
 いたずらっぽく笑う藍の目がきらきらしている。右によけようとすると右側に、左によけようとすると左側に素早く動く。
「翔!」
 横から声をかけられ、パスすると、ボールを受け取った基樹は、一気にゴールまで走ってシュートした。ゴールのリングの上をくるくると回った後、ボールはストンとゴールに入った。
 
 
 そうして三人は、増永が迎えに来るまで、息を弾ませ、笑い合いながら、ボールと戯れた。
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