第46話 出発

文字数 790文字

 全員が玄関ホールに集まった。ついに、この洋館を後にするときが来たのだ。
 翔の荷物は基樹が、藍の荷物は久美が手に提げている。翔は自分で持つと言ったのだが、基樹は、笑って取り合ってくれなかった。
「こんな日が来るなんて……」
 やはり、いざとなるとここを離れがたいのか、藍が涙ぐむ。
「藍」
 肩に触れると、藍がしがみついて来た。翔の体に腕を回し、しくしくと泣き始める。
 
 柔らかく波打つ髪を静かに撫でていると、増永の非情な声がした。
「時間がありません。急ぎましょう」
 仕方なく、藍の肩を抱いたまま、増永の後に続く。基樹が、後ろからついて来る。
 最後に玄関を出た久美が、ドアの鍵を閉めた。
 
 
 運転席に増永、助手席に久美、後部座席に三人が、基樹を真ん中にして座る。三人がシートベルトを締めるのを待って、おもむろに増永が振り向いた。
「藤崎さん、申し訳ありませんが、これを着けてください」
 増永が差し出したのは、アイマスクだ。翔は叫ぶ。
「そんな、ひどいよ! 今さら、こんなことをする意味がどこにあるっていうの!?
 
 だが、増永は言う。
「念のためです。私たちは、お二人をお守りするためならば、どんな些細なことでも妥協しません。
 これを着けていただかないと出発できません。こうしている間にも、お二人に危険が迫っているのです」
 
「わかりました」
 基樹がアイマスクを受け取る。
「基樹!」
「気にするな。俺はかまわないよ」
 そう言いながら、装着する。それを見届けた増永は、前に向き直り、静かに車を発進させた。
 
 
 三つのゲートを通り、車は公道に出た。学校に行くのとは反対方向に走り出すと、道路脇に控えていた「同胞」の車が追尾し始める。
 どんなにあがいても苦しんでも、自分たちは、しょせん巨大なゲーム盤の上の小さな駒の一つでしかないのだ。翔は、どうしようもない無力感に襲われ、ぐったりとシートに身を沈めた。
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