第36話 説明

文字数 1,044文字

 翔と藤崎が、ソファに並んで座ると、翔の横に藍が座った。向かい側に増永が座り、久美は、いつものように部屋の隅に控える。
 三人の顔を見回すようにしてから、増永が言った。
「まずは翔さんに説明していただきましょう」
 左頬に、藍の強い視線を感じる。翔は、小さく息を吐いてから、口を開いた。
 
「彼は、クラスメイトだよ。特に親しくしていたわけじゃないけど、隣の席だったから、最後に一度だけ顔を見たくなって」
 それから、藤崎のほうを見て言う。
「僕たち、急に引っ越すことになったんだ。それで、つい感傷的になってしまって、友達でもないのに、驚かせてごめん」
「いや……」
 藤崎の顔は、ひどく青ざめている。
 
 増永が、咳ばらいをした。
「それで?」
 自分の言っていることが不自然なのはわかっている。だが、なんとか藤崎を守らなければと思う。
「えぇと、顔を見たらすぐに帰ろうと思ったんだけど、気分が悪くなってしまって、彼の家で、少しだけ休ませてもらったんだ。ただそれだけだよ」

「お話は、よくわかりました」
 翔はたたみかける。
「だからもう、帰らせてあげて。僕のために、学校を休んでるんだ」
 だが、増永は言った。
「そういうわけにはいきません。それは、翔さんが一番わかっていらっしゃるはずですが」
「あ……」

 そうだ。僕のせいだ。たとえどんな理由があろうとも、決して会いに行ってはいけなかった。そんなことは、いやというほどわかっていたはずなのに……。
 藍が、うつむく翔の手をぎゅっと握った。鮎川とのことを思い出しているのだろうか。
 そのとき、初めて藤崎が口を開いた。
「どういうことなんですか? 説明してください」

 翔は、あわてて藤崎に言う。
「説明なんて何もないよ。君はもう、家に帰らないと」
 藤崎が、じっと目を見ながら言う。
「そういうわけにはいかないよ。お父さんだってそう言っているじゃないか」
「お父さんなんかじゃないよ!」
 言ってしまってから、はっとして口元を押さえる。
 
 藤崎が、呆然としたようにつぶやいた。
「なんだかおかしいとは思っていたけど……」
 増永が言う。
「ご説明しましょう」
「やめて!」
 翔は叫んだ。
「お願いだから、帰らせてあげて」

 増永が、翔に冷たい目を向けて言った。
「翔さん、これはあなたが招いたことです」
 あぁ。最初からわかっていた。何を言っても悪あがきでしかないことも、もう、すべては遅過ぎることも。
 自分の馬鹿さ加減に呆れる。情けなくて涙が出る。こらえきれずに嗚咽を漏らすと、藍に肩を抱きしめられた。
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