第139話 図星

文字数 686文字

 ダイニングルームで、紅茶に添えて、手作りのチョコチップクッキーを出してくれた久美に、翔は言った。
「基樹は、チョコレートケーキが好きなんだって」
「そうですか。そういえば、ここに来てから、本格的なケーキを焼いていませんでしたね」
 カップケーキやパウンドケーキは、ときどき作ってくれるけれど、この数ヶ月は、いろいろなことがあって、久美も、それどころではなかったのだろう。
 
 久美が、二人に笑いかけながら言う。
「今度、久しぶりにホールケーキを作りましょう。チョコレートをたっぷり入れて」
「藍も、きっと喜ぶよ。あぁ、でも、つわりで食べられないかな……」
 翔がつぶやくと、久美が言った。
「今日のようにお元気なときもありますから、きっと大丈夫ですよ。それに……」

 顔を上げると、久美が微笑んだ。
「佐渡さんのことなら、ご心配には及びませんよ。彼は自分の立場をわきまえていますし、藍さんも、ただ会話を楽しんでいらっしゃるだけだと思いますよ。
 今、藍さんは、お腹の中の赤ちゃんを無事に産んで育てることに集中していらっしゃいますもの」
「……そうだね」
 翔も微笑み返す。久美は、藍のことも、翔の気持ちも、よくわかっている。
 
 
 久美が部屋を出て行った後、基樹が、クッキーを口に放り込みながら言った。
「別に俺たち、藍がいたって、いつも二人っきりで過ごしてるけどな」
「うん……」
 答えながら、思わずうつむく翔の顔を見て、基樹が言った。
「あれ、顔が赤いぞ。もしかして、昨夜のことでも思い出しているのか?」
 図星だった。あの日以来、基樹は、翔をいろいろな形で膝に乗せては、淫らなことをしたがるのだ……。
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