第11話 放課後

文字数 885文字

 次の日から、藍の「お手伝い」が始まった。朝、校門から玄関に向かって歩きながら、翔は尋ねる。
「それは、どこでするの?」
「大学棟に、先生が研究用に使っている部屋があるんですって」
「そこで、二人きりで?」

 藍が、翔の顔をのぞき込みながら、おかしそうに言う。
「心配?」
「いや、でも……」
「大丈夫よ。研究室の一室だもの。ほかの学生さんや教授も出入りする場所よ」
「そう……」

 たとえそういう場所でも、やっぱり、藍が誰かと二人で作業をしたりするのは面白くない。だが、ぐずぐずしているうちに、すでに反対する機会を逸してしまっている。
 藍はもう、すっかりその気になっているし、やけにうきうきしているように見えるのは、気のせいだろうか。
 
 でも……。ゆうべの藍は、とても淫らで激しかった。あんなに僕を求めてくれるのだから、ほかの誰かに目移りするはずがない。大丈夫……。
 翔は、そう自分に言い聞かせる。
 
「じゃあ、今日から、先に帰っていてね」
 藍は、笑顔で手を振ると、スカートをひるがえして、さっさと自分のクラスの教室に入って行ってしまった。
 翔は、とぼとぼと自分の教室に向かう。
 
 
 はぁ……。自分の席に座りながら、思わずため息をつくと、右横から声をかけられた。
「どうかしたのか?」
 藤崎だ。翔はうつむく。
「いや、別に……」
 藤崎が、翔の顔をのぞき込むようにして言う。
「具合が悪いんじゃないのか? 顔色がよくない」
「なんでもないよ」
 翔は、思わず顔をそむけた。
 
 
 放課後、一人で増永の車に乗り、帰路に着いた。一人で帰るのは、藍が風邪を引いて学校を休んだとき以来だ。
 洋館に着き、車を降りると、ポーチで迎えてくれた久美が言った。
「おかえりなさいませ。今日はどちらでお茶を召し上がりますか?」
 翔は、玄関に向かいながら言う。
「藍が帰って来てからでいいよ」

 だが、久美が言った。
「藍さんは、これからは帰りが遅くなるから、お茶は召し上がらないとおっしゃっていましたよ」
「それなら、僕もいらない」
 一人でお茶なんか飲んでも楽しくもなんともないし、久美が作った甘ったるいお菓子なんて食べたくもない。
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