第41話 苦笑

文字数 721文字

「俺も、ほんの数時間前まで、まさかこんなことになるとは夢にも思ってなかったけどな」
 基樹は笑顔で言ったが、目が合った瞬間、涙がこぼれてしまった。あわててぬぐう。
「泣くなよ。俺、ずうずうしいからさ、学校で、翔がいやがっているのに、しつこく話しかけて……」
「いやがってなんてないよ!」
 基樹は微笑む。
「わかってるよ」

 そして、基樹は話し始めた。
「お前たち兄妹のことは、一年のときから知っていたよ。学校じゃ有名だからな。
 見た目もそうだけど、父親が毎日車で送り迎えしているとか、誰とも口を聞かないとか、変わり者の一家なんだと思っていたよ。
 だけど、同じクラスになって、隣の席になって、間近に接するようになったら、印象が変わったんだ。横顔が寂しげで、何か、深い苦しみを抱えているように見えて……」
 話を聞きながら、また涙がこぼれる。
 
 基樹の手が素早く伸びて来て、翔の涙を指でぬぐった。恥ずかしくて、思わず顔をそらす。
「いつからか、翔のことが気になって仕方がなくなったんだ。そうしたら、何があったのか、どんどん痩せて、心配していたら、体育の時間に倒れただろ。
 それも驚いたけど、背負ったら、びっくりするくらい軽くて、なんだか俺、胸が痛くなって……」
 
 それきり基樹は黙り込んだ。翔の鼻をすする音ばかりが、やけに大きく響いて恥ずかしい。
 しばしの沈黙の後、基樹が頭を掻きながら言った。
「なんだか変な話になっちゃったな。えぇと、俺は何を言おうとしてたんだっけ……。
 あぁ、そうだ。ようするに、俺は翔が来なくなった学校に通うよりも、どこへでも、翔と一緒に行くほうがいいっていうことだよ」
 やっぱりまた、翔は泣いてしまう。基樹が苦笑した。
「だから泣くなって」
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