第172話 ミスター・グレイン
文字数 1,298文字
みんなで大広間のソファセットに座った。
佐渡は後ろに立ち、その横に行こうとした基樹は、野本に言われ、翔の横に座る。久美は、お茶を淹れるため、奥に入った。
グレインは、笑顔のまま、あちこち見回している。
――素敵なところだね。
すかさず野本が説明する。初めは英語で、つづいて翔たちに向かって言う。
「資産家の元信者が提供してくれました。今は財団の持ち物です」
――ミスター野本は、とても優秀だね。私は、危うく路頭に迷うところを、彼に救われた。財団に雇ってもらったんだよ。
野本が、あわてて言う。
「そんな。ミスター・グレインには、お願いして、財団の顧問に就任していただいたのです」
グレインは、にこにこしながら野本を見ている。
翔は、ただ黙って成り行きを見ていることしか出来なかったが、勇敢にも、藍が話しかけた。
「ミスター・グレイン」
そのとたん、彼は目を見開いて、大きく首を左右に振る。
――藍。私のかわいい娘。ずいぶん他人行儀じゃないか。どうかダディと呼んでおくれ。
藍は、パチパチと瞬きした後、口を開いた。
「あ……ダディ」
グレインは、うれしそうにうなずく。
藍は続ける。
「財団の顧問になったということは、日本に住むんですか?」
――そのことなんだが……。
そう言いかけて、ちらりと野本を見る。すると、咳ばらいをしてから、野本が話し始めた。
「お話ししましたように、ミスター・グレインには、財団の顧問として、日本で働いていただくことになりました。
ですが、まだお住まいが決まっていません。そこで、みなさんにご相談なのですが、当面の間、この屋敷でお暮しいただくというのはいかがでしょうか」
いかがも何も、さっき聞いたところによれば、この屋敷は財団の持ち物なのだから、翔たちに拒否する権利などないのではないか。
もっとも、拒否する理由もないが。
三人で顔を見合わせた後、藍が言った。
「それは、もちろん……」
「オー!」
藍の返事を聞いて、グレインは、うれしそうに声を上げた。
――これでホームレスにならずに済むよ。しかも、私のかわいいベイビーたちと一緒に暮らせるなんて、これ以上の幸せはない。
そこへ、ティーセットを載せたワゴンを押して、久美が入って来た。
「ミズ・クミ」
グレインに声をかけられた久美は、驚いたように立ちすくむ。
――それにミスター佐渡も。私の大切な子供たちを、よく今まで守り育ててくれたね。感謝しているよ。
「そんな……」
久美の頬が紅潮する。佐渡が言う。
「私は、増永氏の後任でここに来て、まだ日が浅いのです」
――ミスター増永のことは残念だった。長年いい仕事をしてくれたと聞いたよ。
翔は、いつでも冷静で、非情にも思えた、増永の無表情な顔を思い出す。そんな増永に反発を感じていたが、今ならば、命を懸けて、あらゆる危険から翔と藍を守ってくれていたのだとわかる。
ときにその行為が、行き過ぎだったことは否めないにしても。
グレインが、二人を交互に見ながら言う。
――引き続き、この子たちのこと、それに基樹のことをよろしく頼むよ。
そして彼は、いたずらっぽく笑った。
――これからは、私のこともね。
佐渡は後ろに立ち、その横に行こうとした基樹は、野本に言われ、翔の横に座る。久美は、お茶を淹れるため、奥に入った。
グレインは、笑顔のまま、あちこち見回している。
――素敵なところだね。
すかさず野本が説明する。初めは英語で、つづいて翔たちに向かって言う。
「資産家の元信者が提供してくれました。今は財団の持ち物です」
――ミスター野本は、とても優秀だね。私は、危うく路頭に迷うところを、彼に救われた。財団に雇ってもらったんだよ。
野本が、あわてて言う。
「そんな。ミスター・グレインには、お願いして、財団の顧問に就任していただいたのです」
グレインは、にこにこしながら野本を見ている。
翔は、ただ黙って成り行きを見ていることしか出来なかったが、勇敢にも、藍が話しかけた。
「ミスター・グレイン」
そのとたん、彼は目を見開いて、大きく首を左右に振る。
――藍。私のかわいい娘。ずいぶん他人行儀じゃないか。どうかダディと呼んでおくれ。
藍は、パチパチと瞬きした後、口を開いた。
「あ……ダディ」
グレインは、うれしそうにうなずく。
藍は続ける。
「財団の顧問になったということは、日本に住むんですか?」
――そのことなんだが……。
そう言いかけて、ちらりと野本を見る。すると、咳ばらいをしてから、野本が話し始めた。
「お話ししましたように、ミスター・グレインには、財団の顧問として、日本で働いていただくことになりました。
ですが、まだお住まいが決まっていません。そこで、みなさんにご相談なのですが、当面の間、この屋敷でお暮しいただくというのはいかがでしょうか」
いかがも何も、さっき聞いたところによれば、この屋敷は財団の持ち物なのだから、翔たちに拒否する権利などないのではないか。
もっとも、拒否する理由もないが。
三人で顔を見合わせた後、藍が言った。
「それは、もちろん……」
「オー!」
藍の返事を聞いて、グレインは、うれしそうに声を上げた。
――これでホームレスにならずに済むよ。しかも、私のかわいいベイビーたちと一緒に暮らせるなんて、これ以上の幸せはない。
そこへ、ティーセットを載せたワゴンを押して、久美が入って来た。
「ミズ・クミ」
グレインに声をかけられた久美は、驚いたように立ちすくむ。
――それにミスター佐渡も。私の大切な子供たちを、よく今まで守り育ててくれたね。感謝しているよ。
「そんな……」
久美の頬が紅潮する。佐渡が言う。
「私は、増永氏の後任でここに来て、まだ日が浅いのです」
――ミスター増永のことは残念だった。長年いい仕事をしてくれたと聞いたよ。
翔は、いつでも冷静で、非情にも思えた、増永の無表情な顔を思い出す。そんな増永に反発を感じていたが、今ならば、命を懸けて、あらゆる危険から翔と藍を守ってくれていたのだとわかる。
ときにその行為が、行き過ぎだったことは否めないにしても。
グレインが、二人を交互に見ながら言う。
――引き続き、この子たちのこと、それに基樹のことをよろしく頼むよ。
そして彼は、いたずらっぽく笑った。
――これからは、私のこともね。