第44話 悪夢

文字数 1,107文字

 暗闇の中、誰かに喉元を押さえつけられている。耳元で声がする。
「声を出すな。騒いだら殺す」
 いやだ、死にたくない。苦しい、息が出来ない。誰か助けて!
 
「翔……おい、翔」
 肩を揺すられ、あえぎながら目を開けると、間接照明の薄灯りの中に、基樹の顔があった。翔は、呆然と彼の顔を見つめる。
「うなされていたみたいだけど、大丈夫か?」
「……あぁ、うん」
 そう答えたものの、昨夜の恐怖がよみがえり、体が震える。
 
 思わず基樹の手を掴むと、彼はベッドサイドにしゃがんだ。
「いやな夢だったのか?」
「ゆうべの、こと。男が……」
「怖い思いしたんだな」
 翔は、あえぎながら続ける。
「昨夜は、基樹に会いに行くことで頭がいっぱいで、怖いなんて思わなかったんだけど……」

 今になって、自分の無謀さにぞっとする。男の仲間が、敷地内や森の中に潜んでいないとも限らなかったのに、よくもあんな大胆なことが出来たものだ。
 もしそうだったならば、今頃、こうして自分の部屋で寝ていることなどなかっただろう。それどころか、藍とも基樹とも、二度と会えなかったかもしれない。
 それを思うと、今さらながら恐ろしくなって、ぎゅっと目をつぶりながら、基樹の手を握りしめた。
 
「翔?」
「怖い……」
 基樹が、戸惑い気味に問いかける。
「俺は、どうすればいい?」
「あ……」
 とても恥ずかしいし、子供じみていると思うけれど、でも、
「……ここで、一緒に寝て」

「え……」
 基樹は困惑している。それはそうだろう。基樹の気持ちもわかる。
 だが、今や自分では手に負えないくらい、胸の中で恐怖が膨れ上がり、とても一人では眠れそうにないし、眠れたとしても、再び悪夢を見そうで怖いのだ。
「わかった。枕を持って来る」
 前髪をかき上げながら、基樹が立ち上がった。
 
 目で追っていると、すぐにソファから枕を持って戻って来た。
「腕の怪我に触るといけないから」
 そう言って、翔の右側に枕を置くと、するりとベッドに入る。肩が触れ合い、基樹の顔が間近に迫り、自分で言っておきながら、恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
「変なこと言って、ごめん」
「いいよ。明日はまた大変そうだから、もう寝ようぜ」
 基樹はそう言うと、あお向けになって目を閉じた。
 
 翔は、基樹の横顔をじっと見つめる。高い鼻梁、引き締まった口元。
 彼にとっても、今日は激動の一日だったはずなのに、翔のように取り乱すこともなく、料理をぺろりと平らげ、今もこうして落ち着いた表情を見せている。基樹は強いんだな……。
 心の中で、しばし葛藤したが、恥ずかしさよりも心細さが勝って、翔は、基樹の肩にそっと寄り添った。基樹の呼吸音を聞きながら、静かに目を閉じる。
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