第136話 両親

文字数 858文字

 戸惑っていると、基樹は、翔の手を掴みながら言った。
「俺を甘えさせてくれるんだろ? 俺は、翔を膝に乗せて抱きしめたい」
 答えるより先に、基樹が、椅子に腰かけながら、強く手を引いたので、よろけるようにして、翔は基樹の膝に、横向きに座った。
「これじゃ、まるで子供みたいだ」
「いいじゃないか」
 基樹の両腕が、翔をすっぽりと包み込む。
 
 翔は、基樹の腕の中で言った。
「ねぇ、基樹のこと、話して」
 翔の髪に、頬を擦りつけるようにしながら、基樹が言う。
「俺の、何?」
「なんでも」
 考えてみれば、基樹のことは、ほんのわずかなことし知らない。複雑な事情があるようで、一人暮らしをしていたこと、かつて彼女がいたこと、学校では、サッカー部のエースだったこと。
 
「そうだな……」
 基樹は、翔の髪に顔をうずめながら、どこか眠たそうな声でつぶやく。温かい息が、首筋にかかる。
「中学生のとき、修学旅行から家に帰ったら、母親が、荷物と一緒にいなくなっていたんだ。仕事人間で、家族を顧みない父親に愛想をつかして出て行ったんだよ。
 あのときは、さすがにショックだった。楽しい旅行の余韻が、一気に吹き飛んだよ」
「基樹に黙って出て行ったの?」
「そうだよ。俺より、不倫相手を選んだんだ」
「ひどい……」

 翔は両親を知らない。それが教団の教祖とその信者で、母親はすでに亡くなっているということだけは知っているが、二人の顔さえ知らない。
 だから、親が恋しいと思ったことはないし、親子の関係というのがどういうものなのか、よくわからない。それでも、何も言わず、子供を置いたまま家を出る母親が、ひどいということくらいはわかる。
 
「それで、基樹はどうしたの?」
「どうもしない。両親の仲が冷え切っていたことは知っていたし、金は父親がくれるから、しばらくはコンビニの弁当で過ごしていた。
 でも、そのうち飽きて、簡単なものは自分で作るようになった。高校に入った年に、父親が海外勤務になって一人暮らしになったけど、ずっと自分のことは自分でしていたから、別に困ることはなかったよ」
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