第141話 勘違い

文字数 946文字

 その日の夜更け、ベッドに向かい合って横たわり、翔の腕の傷跡を、指でなぞるようにしながら、基樹が言った。
「あれは絶対に、佐渡さんに気があるよな」
 藍が、佐渡の腕につかまるようにしながら、バッグを受け取ったことだ。
「そうかな……」
「そうだよ。人がいなかったら、キスでもしそうな勢いだったぜ。
 気がないのに、あんな態度を取っているとしたら、藍は、とんだ魔性の女だぜ」
 そう言う基樹の顔を、翔は見つめる。
 
「あっ、いや、ごめん。今の、悪口みたいだったかな」
「そんなことはないけど……」
 たしかに、あのときは、翔も見ていてドキリとしたし、基樹が、藍を「惚れっぽい」と言ったことも、だんだん、そうかもしれないと思うようになっている。でも、
「藍は普段から、スキンシップが多いほうだし」
「そう言えば、自分でも、そんなふうに言っていたな」
 あれは、日本支部の建物で暮らし始めて間もない頃、藍が、基樹に向かって言ったのだった。
 
「だけど、あんなふうにされたら、男は誰だって勘違いするぜ」
「そう、か……」
 翔は、ふと思う。かつて、藍と愛し合い、激しく求め合った日々。もしやあれも、自分の勘違いから始まったことなのだろうか……。
「翔。何を考えてる」
 鋭いところのある基樹が、翔の心を見透かしたかのように、翔の目をのぞき込む。
「何も……」

 目を伏せた翔の腕を掴んで、基樹が言った。
「俺が思うに、きっと藍は、いつもそういう相手を必要としているんじゃないかな。つまり、恋愛感情をぶつける相手を。
 それなしには、生きられないタイプなのかもな」
「でも、赤ちゃんがいるのに……」
「それとこれとは別なんじゃないか? まぁ、女の考えることは、よくわからないけど……」
 基樹は、そう言いながら上体を起こし、翔をあお向けにする。
 
「けど、ほんの少しだけ、わかる気もする。翔と出会うまでは、わからなかったことだ。
 俺も、翔なしには生きられなくなった。俺の場合は、翔じゃなきゃ駄目なんだ」
 僕も、基樹なしには……。そう口に出す前に、唇を塞がれた。
 唇をこじ開けて、舌が入って来る。そうしながら、基樹は、翔の首の後ろに腕を差し入れ、引き寄せるように翔の体を抱き起こす。
 ようやく、さっきまでの火照りが鎮まった体が、再び熱くなる。夜は、長い。
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