第105話 真佐
文字数 1,383文字
気がつくと、藍は、薄暗い部屋のベッドに寝かされていた。相変わらず、腕に点滴のチューブがつながっていて、全身がひどく重いが、腹部の痛みと吐き気は治まっている。
枕の上で首を巡らせると、部屋の隅に座っている、白衣を着た人物が目に入った。白髪の女性だ。
藍の視線に気づいた女性が立ち上がった。六十代くらいに見えるが、すらりとして姿勢がいい。
「気がついたのね?」
ベッドサイドまで来て、藍の顔を見つめる。
「気分はどう? 痛みは?」
藍は、首を横に振る。
「いえ……」
「そう、よかった。多分、症状は一時的なもので、これといった異常は見つからなかったから、それほど心配ないと思うけれど、念のために経過を見ましょう」
じっと見つめる藍に、彼女はかすかに微笑んだ。
「私は小塚真佐。あなたをここへ連れて来た、木崎陸人の祖母よ」
「あの、ここは……」
「私の病院よ。と言っても、もう廃業しているけれど。突然、陸人があなたを連れてやって来て、びっくりしたわ」
そう言えば、あの男はどうしたのだろう。そう思っていると、聴診器を取り出しながら、真佐が言った。
「診察するわ。前をはだけてくれる?」
藍が、ブラウスのボタンを外して前を開くと、真佐は、あらわになった藍の胸と腹に聴診器を当てる。一通り診てから、聴診器を外す。
「ありがとう。もういいわよ」
ボタンを留めながら、藍は、真佐を見つめる。
「あの……」
何が何だかわからない。わからないことだらけで、何から聞けばいいのかもわからない。
すると、藍の気持ちを察したように、真佐が言った。
「混乱しているわよね。無理もないわ。
簡潔に言うと、陸人は、教団の主流派に反対する組織に属していたの。つまり、反対派のスパイだったのよ。
ところが陸人は、その組織も裏切って、一人であなたをさらって、ここへ逃げ込んで来たというわけ」
「え……」
ますます、わけがわからない。
「私も困っているのよ」
そう言いながら、真佐はそれほど困っているふうでもなく、苦笑を浮かべている。
「あなたを、すぐにでも帰すのが正しいことだとわかってはいるのよ。でも、そうすれば、陸人の身が危ないわ。
馬鹿な子だけど、私にとっては、一人きりのかわいい孫なの。危険にさらすわけにはいかないわ」
そして真佐は、付け足すように言った。
「それにあなたも、少なくとも、反対派に拉致されるよりは、ここへ連れて来られてラッキーだったと言えないこともないし」
それは、そうかもしれないが……。
「今のところは、ここは安全よ。私は若い頃に離婚して、陸人の父親は、別れた夫と再婚相手の元で育ったから、私と陸人のつながりは、教団の誰も知らないはずよ。
これは医師として言うけれど、あなたは今、とても体が弱っているようだから、とりあえず、体調が回復するまでは、ここで養生してちょうだい」
「はぁ……」
そこで、ふと思いついて言う。
「あの、木……陸人さんは?」
「あぁ、当分の間、ここに隠れて過ごすために、いろいろと入り用なものを調達しに行っているわ。私がそうするように言いつけたのよ。
自分でも、まさかこんなことになるとは思っていなかったみたい。あなたを初めて見て、美しさに心を奪われてしまったのかしらね」
「え……」
真佐が、優しく言った。
「一眠りするといいわ。目が覚める頃には、今より気分がよくなっていると思うわよ」
枕の上で首を巡らせると、部屋の隅に座っている、白衣を着た人物が目に入った。白髪の女性だ。
藍の視線に気づいた女性が立ち上がった。六十代くらいに見えるが、すらりとして姿勢がいい。
「気がついたのね?」
ベッドサイドまで来て、藍の顔を見つめる。
「気分はどう? 痛みは?」
藍は、首を横に振る。
「いえ……」
「そう、よかった。多分、症状は一時的なもので、これといった異常は見つからなかったから、それほど心配ないと思うけれど、念のために経過を見ましょう」
じっと見つめる藍に、彼女はかすかに微笑んだ。
「私は小塚真佐。あなたをここへ連れて来た、木崎陸人の祖母よ」
「あの、ここは……」
「私の病院よ。と言っても、もう廃業しているけれど。突然、陸人があなたを連れてやって来て、びっくりしたわ」
そう言えば、あの男はどうしたのだろう。そう思っていると、聴診器を取り出しながら、真佐が言った。
「診察するわ。前をはだけてくれる?」
藍が、ブラウスのボタンを外して前を開くと、真佐は、あらわになった藍の胸と腹に聴診器を当てる。一通り診てから、聴診器を外す。
「ありがとう。もういいわよ」
ボタンを留めながら、藍は、真佐を見つめる。
「あの……」
何が何だかわからない。わからないことだらけで、何から聞けばいいのかもわからない。
すると、藍の気持ちを察したように、真佐が言った。
「混乱しているわよね。無理もないわ。
簡潔に言うと、陸人は、教団の主流派に反対する組織に属していたの。つまり、反対派のスパイだったのよ。
ところが陸人は、その組織も裏切って、一人であなたをさらって、ここへ逃げ込んで来たというわけ」
「え……」
ますます、わけがわからない。
「私も困っているのよ」
そう言いながら、真佐はそれほど困っているふうでもなく、苦笑を浮かべている。
「あなたを、すぐにでも帰すのが正しいことだとわかってはいるのよ。でも、そうすれば、陸人の身が危ないわ。
馬鹿な子だけど、私にとっては、一人きりのかわいい孫なの。危険にさらすわけにはいかないわ」
そして真佐は、付け足すように言った。
「それにあなたも、少なくとも、反対派に拉致されるよりは、ここへ連れて来られてラッキーだったと言えないこともないし」
それは、そうかもしれないが……。
「今のところは、ここは安全よ。私は若い頃に離婚して、陸人の父親は、別れた夫と再婚相手の元で育ったから、私と陸人のつながりは、教団の誰も知らないはずよ。
これは医師として言うけれど、あなたは今、とても体が弱っているようだから、とりあえず、体調が回復するまでは、ここで養生してちょうだい」
「はぁ……」
そこで、ふと思いついて言う。
「あの、木……陸人さんは?」
「あぁ、当分の間、ここに隠れて過ごすために、いろいろと入り用なものを調達しに行っているわ。私がそうするように言いつけたのよ。
自分でも、まさかこんなことになるとは思っていなかったみたい。あなたを初めて見て、美しさに心を奪われてしまったのかしらね」
「え……」
真佐が、優しく言った。
「一眠りするといいわ。目が覚める頃には、今より気分がよくなっていると思うわよ」