第45話 抗議

文字数 854文字

「翔、起きて」
 目を開けると、枕の横に腰かけた藍が見下ろしている。思わず右横を見るが、基樹の姿はなく、彼の枕もない。
 昨夜のあれは、夢だったのだろうか……。ぼんやりしていると、翔の額に触れながら、藍が言った。
「気分はどう? 熱は下がったみたいね。悪いけど、もう出かける支度をしなくちゃいけないから、起きてちょうだい」

「頭がすっきりしない。シャワーを浴びてもいいかな」
「そうね。もうすぐ朝ご飯だけど……」
 藍の言葉を聞きつけて、久美がそばに来た。
「どうなさいました?」
 見ると、すでに料理の載ったワゴンがテーブルの脇に置いてあり、窓際に基樹の姿も見える。
 
 藍が言った。
「翔が、シャワーを浴びたいんですって」
 翔は、上体を起こす。
「すぐに済むよ」
 久美が微笑む。
「それならよろしいですよ。シャワーの後で、傷の消毒をいたしましょう」
 藍が言った。
「じゃあ、私が髪を乾かしてあげるわ」

 基樹が近づいて来て、にやにやしながら言った。
「おはよう。翔はずいぶん大切にされているんだな」
「え……」
 昨夜のこともあり、翔は恥ずかしくなってうつむく。すると思いがけず、藍が猛然と抗議した。
「そんな言い方しないで! 翔は大変な目に遭ったんだもの。大切にするのは当たり前でしょう?
 翔だって、私が弱っているときには優しくしてくれるわ」
 
 基樹が、呆気に取られたようにつぶやいた。
「……ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「そんなつもりじゃなくても、翔にひどいことを言わないで!」
 翔は、いきり立つ藍の腕に触れた。
「僕なら大丈夫だよ。気にしてないから。シャワー浴びて来るよ」


 上半身裸のまま、肩にバスタオルをかけてバスルームから出ると、待ち構えていた藍と久美に、机の前に座らされた。基樹は、ソファに座ってこちらを見ている。
 藍が、翔の濡れた髪にドライヤーを当て始め、久美は、机の上の救急箱を開いて、腕の傷の手当てを始めた。
 たしかに自分は、ずいぶん大切にされていると思う。だから、いつまで経っても強くなれないのだろうか……。
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