第157話 愛を誓い合った人
文字数 1,132文字
「私……」
翔が、鼻をぐずぐず言わせている向かい側で、藍が声を上げた。
「私、お腹の中に赤ちゃんがいるんです」
全員が、藍に注目する。野本は、青い顔をして押し黙っている。
日本支部として、それについては、出来れば教祖に知られたくなかったのだろう。少なくとも、今はまだ。
だが藍は、教祖に向かって言い放った。
「I am pregnant !」
私は妊娠していると叫んだのだ。野本は目を見開き、茫然と藍を見つめる。
藍は、野本を見据えて言う。
「あせっても、もう遅いわよ。ちゃんと訳して」
野本が口を開く前に、教祖が言った。
――今、妊娠していると言ったのかい?
野本が、仕方なく通訳し始める。
「そうよ。お腹の中に、愛した人の赤ちゃんがいるの。その人は、教団内の反対派の一人だった人よ。
でも、その人は、反対派も裏切って、一人で私を拉致したの。派閥争いで両親の命を奪われた彼は、反対派から、私を守ってくれたのよ。
彼は、とても優しい人だったわ。それに、私のことを愛してくれた。
だけど、私のせいで、日本支部に居場所を突き止められて、彼も、彼のおばあさんも命を奪われたのよ!」
藍は、苦しげに肩で息をしている。翔は、ナプキンを手から離して、藍に声をかけた。
「大丈夫? 落ち着いて」
「ありがとう。大丈夫よ」
藍は、教祖に向かって、さらに続ける。
「私は、この子を産むつもりだし、ずっとそばに置いて育てたいの。
この子の幸せのために、どうか力を貸してください!」
しばしの沈黙の後、教祖が口を開いた。
――そんなことがあったのか。それもまた、私が招いたことだ。済まない……。
それについても、どうすることが最善か、よく考えたい。必ず、藍もベイビーも幸せになれる方法を見つけるから、少しの間、待ってほしい。
それで、いいだろうか?
教祖に見つめられた藍は、静かにうなずいた。教祖は、首を左右にゆるゆると振りながら微笑んだ。
――翔も藍も、私の目には、まだベイビーにしか見えないのに、二人とも、もう愛を誓い合った人がいるんだね。藍の相手のことは、とても残念だけれど、お腹の子を大切にしてほしい。
私も、二人のことを愛している。そして、晴江のことも。
教祖は、その部分をさらりと流したが、「愛を誓い合った人」という言葉に、翔の頬は熱くなった。それはつまり、翔にとっては基樹のことだろう。
あえて説明はしなかったのだが、教祖は、翔と基樹の関係を理解しているということか。教祖が、同性同士の関係に、わだかまりを持っていないらしいことはありがたかったが、それでも、なんだか恥ずかしい。
恥ずかしいと思ってしまう自分にこそ、わだかまりがあるのかもしれないが、基樹を思う気持ちに偽りはない。
翔が、鼻をぐずぐず言わせている向かい側で、藍が声を上げた。
「私、お腹の中に赤ちゃんがいるんです」
全員が、藍に注目する。野本は、青い顔をして押し黙っている。
日本支部として、それについては、出来れば教祖に知られたくなかったのだろう。少なくとも、今はまだ。
だが藍は、教祖に向かって言い放った。
「I am pregnant !」
私は妊娠していると叫んだのだ。野本は目を見開き、茫然と藍を見つめる。
藍は、野本を見据えて言う。
「あせっても、もう遅いわよ。ちゃんと訳して」
野本が口を開く前に、教祖が言った。
――今、妊娠していると言ったのかい?
野本が、仕方なく通訳し始める。
「そうよ。お腹の中に、愛した人の赤ちゃんがいるの。その人は、教団内の反対派の一人だった人よ。
でも、その人は、反対派も裏切って、一人で私を拉致したの。派閥争いで両親の命を奪われた彼は、反対派から、私を守ってくれたのよ。
彼は、とても優しい人だったわ。それに、私のことを愛してくれた。
だけど、私のせいで、日本支部に居場所を突き止められて、彼も、彼のおばあさんも命を奪われたのよ!」
藍は、苦しげに肩で息をしている。翔は、ナプキンを手から離して、藍に声をかけた。
「大丈夫? 落ち着いて」
「ありがとう。大丈夫よ」
藍は、教祖に向かって、さらに続ける。
「私は、この子を産むつもりだし、ずっとそばに置いて育てたいの。
この子の幸せのために、どうか力を貸してください!」
しばしの沈黙の後、教祖が口を開いた。
――そんなことがあったのか。それもまた、私が招いたことだ。済まない……。
それについても、どうすることが最善か、よく考えたい。必ず、藍もベイビーも幸せになれる方法を見つけるから、少しの間、待ってほしい。
それで、いいだろうか?
教祖に見つめられた藍は、静かにうなずいた。教祖は、首を左右にゆるゆると振りながら微笑んだ。
――翔も藍も、私の目には、まだベイビーにしか見えないのに、二人とも、もう愛を誓い合った人がいるんだね。藍の相手のことは、とても残念だけれど、お腹の子を大切にしてほしい。
私も、二人のことを愛している。そして、晴江のことも。
教祖は、その部分をさらりと流したが、「愛を誓い合った人」という言葉に、翔の頬は熱くなった。それはつまり、翔にとっては基樹のことだろう。
あえて説明はしなかったのだが、教祖は、翔と基樹の関係を理解しているということか。教祖が、同性同士の関係に、わだかまりを持っていないらしいことはありがたかったが、それでも、なんだか恥ずかしい。
恥ずかしいと思ってしまう自分にこそ、わだかまりがあるのかもしれないが、基樹を思う気持ちに偽りはない。