第93話 行方不明

文字数 1,010文字

「藍……」
 体を丸めながらつぶやくと、涙がこぼれた。藍は大丈夫だろうか。どうして連絡が来ないのだろう。
 あんなに苦しそうな藍の顔を初めて見た。いつか洋館で倒れたときだって、あそこまで苦しそうではなかったのに……。
 あれこれ考えていると、ドアがノックされて、久美が、ティーセットを載せたワゴンを運んで来た。
 
 起き上がると、久美は、ベッドのそばまで来て、紅茶を淹れてくれる。ティーカップに紅茶を注ぐと、いい香りが漂う。
「体が温まりますよ」
 ソーサーに載せたカップをこちらに差し出しながら、久美が微笑んだ。
 
 
 ベッドに腰かけた基樹の腕に抱かれたまま、目を閉じていると、ドアがノックされた。二人は離れ、基樹は、横に置いた椅子に座る。
 入って来た久美が言った。
「お二人にお話があります。どうか落ち着いてお聞きになってください」
 その言い方で、いい話ではないことがわかる。それだけでもう、翔は気分が悪くなる。
 
 
 増永から連絡が来ないので、久美のほうから連絡してみたが、何度かけても、増永のスマートフォンは電源が切られたままだという。それで、麓のログハウスに連絡してみたところ、大変なことが起こっていることがわかったのだ。
「藍さんが乗った救急車が消息を絶ったそうです」
「え……」
「増永さんも一緒に?」
「はい、そうです。病院にも行っていません。信者たちが、八方手を尽くして探していますが、現時点で、お二人の行方はわかっていません」

「そんな……」
「今も皆、必死になって探しています。ただ……」
 基樹が言う。
「ただ、なんですか?」
「ログハウスで暮らしていた信者の一人が姿を消したそうです。木崎という若い男です」
「あっ!」
 基樹が声を上げた。
 
 翔は、基樹の顔を見つめる。
「その男なら知っています。食料を取りに行ったときに、何度か顔を合わせたことがある。
 年齢が近いから、なんとなく親近感を持っていたのに……」
「何か話をされたことは?」
 基樹は、無念そうに、首を横に振った。
「いや、無口な男だったから、何も」


 どんどん気分が悪くなり、翔は、額を押さえてうずくまった。胸が苦しい。
「大丈夫か?」
 基樹が肩に触れる。
「横になりましょうか」
 二人がかりで寝かされ、胸まで布団をかけられた。ショックで、声も出ない。
 藍は、あんなに苦しそうだったのに。もうとっくに病院に運び込まれて、治療を受けているとばかり思っていたのに。藍、いったい何が……。
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