第20話 リビングルーム
文字数 1,535文字
その日の夜、ダイニングルームで、久しぶりに藍と向かい合って夕食を食べていた。藍はずっと体調が悪く、自室で食事をすることが続いていたのだ。
ほっそりとしてしまった頬が痛々しいが、妊娠がわかって以来、あまり話をしていない。翔も、まだショックから抜け出すことが出来ずにいた。
会話のない食事が終わりに近づいた頃、増永が部屋に入って来た。滅多にないことに、二人して注視していると、増永が、感情のこもらない声で言った。
「この後、お二人にお話があります。お食事が終わりましたら、リビングルームにいらしてください」
それは、有無を言わせない口調だ。翔と藍は、思わず顔を見合わせる。
「あちらで、お待ちしていますので」
そう言うと、増永は、静かに出て行った。
ドアを開けた藍に続き、翔もリビングルームに入る。二人の姿を認めた増永が、ソファから立ち上がって、向かい側のソファを示す。。
「こちらにどうぞ」
二人は言われるまま、身を寄せ合うようにしてソファに座る。後から久美も入って来て、部屋の隅に立った。
これから始まるであろう話の展開を想像し、翔は、軽い吐き気を覚え、胸を押さえる。
増永が、二人の顔を交互に見ながら言った。
「本来ならば、藍さんと一対一でお話しすべきことかもしれませんが、それでは藍さんも心細いでしょうし、体調のこともあります。それで、翔さんと箕部にも同席してもらうことにしたのですが、よろしいですか?」
藍は、真っ直ぐに前を見たまま、すぐに答えた。
「私は、かまわないわ」
増永がこちらを見る。
「翔さんは、いかがですか?」
「……僕も、いいよ」
ほかに答えようもない。
増永が、おもむろに口を開いた。
「お話したいのは、ほかでもない、藍さんの妊娠についてです。まず伺いたいのは、お相手がどなたなのかということですが」
翔はうつむき、膝の上で握った手を見つめる。藍が、凛とした声で言った。
「お腹の子の父親は、古典の鮎川先生よ」
翔は、ちらりと増永の顔を見たが、その表情から感情は読み取れない。
「それは、どういった経緯で?」
藍が答える。
「私が、先生のことを好きになって告白したの。そういう関係になったのも、私から誘ったのよ。
先生は、初めは戸惑っていたようだったけれど、最終的には受け入れてくれたわ。だから、先生は悪くないの」
藍の、鮎川をかばうような発言に、翔の胸は痛む。増永が、ゆるゆると首を横に振った。
「お話はわかりました」
「私、子供を産むわ」
勢い込んで言った藍に、増永がぴしゃりと言った。
「それはいけません。ご自分が、どういうお立場かわかっていらっしゃると思いますが」
「でも、子供に罪はないわ。小さくたって命なのよ!」
大きな声を上げた藍を、じっと見据えて増永が言う。
「その命を絶たなければならなくなったのは、藍さん、あなたの責任です」
「そんなの、いや!」
藍が、顔を覆って泣き出した。翔は、藍の肩を抱く。
「藍……」
増永が、冷たく言い放った。
「病院を手配します。処置は早いほうがいいでしょう」
「いやよ!」
藍が、身をよじって激しく泣き出すが、増永は立ち上がると、黙って部屋を出て行った。
「藍」
翔はただ、藍の肩を抱きしめることしか出来ない。そばに来た久美が、藍の背中に手を添えて言った。
「藍さん、お部屋に戻りましょう」
「いや!」
藍は、久美の手を振り払って泣き声を上げる。
「いやぁぁぁ!」
「そんなに泣いては、お体に障りますよ」
それから久美は、おろおろしている翔に言った。
「藍さんをお部屋にお連れしましょう。翔さん、お手を貸してください」
泣きじゃくる藍を、久美とともに両側から抱えて部屋の前まで送り届けると、後を久美にまかせ、翔は自分の部屋に戻った。
ほっそりとしてしまった頬が痛々しいが、妊娠がわかって以来、あまり話をしていない。翔も、まだショックから抜け出すことが出来ずにいた。
会話のない食事が終わりに近づいた頃、増永が部屋に入って来た。滅多にないことに、二人して注視していると、増永が、感情のこもらない声で言った。
「この後、お二人にお話があります。お食事が終わりましたら、リビングルームにいらしてください」
それは、有無を言わせない口調だ。翔と藍は、思わず顔を見合わせる。
「あちらで、お待ちしていますので」
そう言うと、増永は、静かに出て行った。
ドアを開けた藍に続き、翔もリビングルームに入る。二人の姿を認めた増永が、ソファから立ち上がって、向かい側のソファを示す。。
「こちらにどうぞ」
二人は言われるまま、身を寄せ合うようにしてソファに座る。後から久美も入って来て、部屋の隅に立った。
これから始まるであろう話の展開を想像し、翔は、軽い吐き気を覚え、胸を押さえる。
増永が、二人の顔を交互に見ながら言った。
「本来ならば、藍さんと一対一でお話しすべきことかもしれませんが、それでは藍さんも心細いでしょうし、体調のこともあります。それで、翔さんと箕部にも同席してもらうことにしたのですが、よろしいですか?」
藍は、真っ直ぐに前を見たまま、すぐに答えた。
「私は、かまわないわ」
増永がこちらを見る。
「翔さんは、いかがですか?」
「……僕も、いいよ」
ほかに答えようもない。
増永が、おもむろに口を開いた。
「お話したいのは、ほかでもない、藍さんの妊娠についてです。まず伺いたいのは、お相手がどなたなのかということですが」
翔はうつむき、膝の上で握った手を見つめる。藍が、凛とした声で言った。
「お腹の子の父親は、古典の鮎川先生よ」
翔は、ちらりと増永の顔を見たが、その表情から感情は読み取れない。
「それは、どういった経緯で?」
藍が答える。
「私が、先生のことを好きになって告白したの。そういう関係になったのも、私から誘ったのよ。
先生は、初めは戸惑っていたようだったけれど、最終的には受け入れてくれたわ。だから、先生は悪くないの」
藍の、鮎川をかばうような発言に、翔の胸は痛む。増永が、ゆるゆると首を横に振った。
「お話はわかりました」
「私、子供を産むわ」
勢い込んで言った藍に、増永がぴしゃりと言った。
「それはいけません。ご自分が、どういうお立場かわかっていらっしゃると思いますが」
「でも、子供に罪はないわ。小さくたって命なのよ!」
大きな声を上げた藍を、じっと見据えて増永が言う。
「その命を絶たなければならなくなったのは、藍さん、あなたの責任です」
「そんなの、いや!」
藍が、顔を覆って泣き出した。翔は、藍の肩を抱く。
「藍……」
増永が、冷たく言い放った。
「病院を手配します。処置は早いほうがいいでしょう」
「いやよ!」
藍が、身をよじって激しく泣き出すが、増永は立ち上がると、黙って部屋を出て行った。
「藍」
翔はただ、藍の肩を抱きしめることしか出来ない。そばに来た久美が、藍の背中に手を添えて言った。
「藍さん、お部屋に戻りましょう」
「いや!」
藍は、久美の手を振り払って泣き声を上げる。
「いやぁぁぁ!」
「そんなに泣いては、お体に障りますよ」
それから久美は、おろおろしている翔に言った。
「藍さんをお部屋にお連れしましょう。翔さん、お手を貸してください」
泣きじゃくる藍を、久美とともに両側から抱えて部屋の前まで送り届けると、後を久美にまかせ、翔は自分の部屋に戻った。