第102話 藍

文字数 774文字

 翔は、ぼんやりとベッドに横たわっていた。
 庭に向かっている、全面ガラス張りの大き過ぎる窓は、いつも翔を落ち着かない気分にさせる。不安なときは余計にそうだ。
 それで今は、昼間でもカーテンを引いたままにしている。そのカーテンを少しだけ開いて、外を眺めていた基樹が、突然振り返った。
「今、何か聞こえなかったか?」
「えっ?」

 その途端、不安になって、翔は上体を起こす。
「ゲートが開いたみたいだ」
 基樹は、そう言いながら、ドアに向かう。
「待って!」
「大丈夫だ。今見て来るから、翔はここにいろ」
 基樹はドアを開けて、素早く出て行く。
「僕も行く!」 
 翔も、あわてて後を追った。
 
 
 基樹の後から階段を駆け下りて行くと、ようやく一階にたどり着くのとほぼ同時に、玄関のドアが大きく開いた。久美に抱えられるようにして入って来た藍を見て、翔は息を呑む。少しふっくらしたように見える藍の、かつて長くつややかに波打っていた髪は今、肩の上で切りそろえられている。
「藍……」
 そうつぶやいたのは基樹だ。翔は、声も出ない。
 
 立ち止まった藍に、久美が声をかける。
「お二人とも、ずっと藍さんのことをお待ちになっていらっしゃったんですよ」
 おずおずと歩き出す藍に、基樹が近寄りながら声をかける。
「無事だったのか?」
 それから、振り返って翔を見た。
「どうした。やっと会えたんじゃないか」
「……うん」

 久美が、笑顔で三人を見回しながら言った。
「ちょうどいいお時間ですから、ティータイムにいたしましょうか?」
 基樹が答える。
「いいですね。久美さん、お茶の用意をしてください。車の中の荷物は、どこに運べばいいですか?」
「あぁ、それでは、玄関ホールまでお願いします」
 そして久美は、翔と藍に尋ねる。
「どちらで召し上がりますか?」
 ちらりと藍を見てから、翔は答えた。
「あぁ、じゃあ、大広間で」
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